朝日新聞2017.6.26夕刊1面より

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製造業として戦後最大の倒産となったタカタ。経営コンサルタントの筆者は、経営破綻の要因として「『指揮官先頭』が欠けていたから」と指摘します。筆者は「指揮官先頭」を貫いた人物として、日本海海戦での東郷平八郎をあげます。リーダーはどんな覚悟をもつべきなのか――。

■17人の死者にどんな覚悟で臨むべきか

大手自動車部品メーカーのタカタ(東証1部上場)が、6月26日、東京地裁へ民事再生法の適用を申請しました。負債総額は1兆5024億円で、製造業としては戦後最大の倒産となりました。

その要因は何だったのでしょうか。

タカタでは2008年ごろから、エアバッグの重要部品である「インフレーター」の不具合が相次いで判明し、断続的にリコールを行っていました。タカタはエアバッグで2割の世界シェアをもっていたため、リコール台数は累計1億台規模になるみられています。こうした大規模リコール問題に関して、ダウンサイドリスク(最大限に被る損害)を見誤り、初期対応のみならず、その後の対応も後手後手に回りました。

▼リーダーのあり方が完全におかしかった

それらとともに私が強く感じたのが「リーダーのあり方」です。

タカタ製の欠陥エアバッグの異常破裂が原因とみられる死者は、米国など世界で少なくとも17人にのぼります。ところが創業家3代目の高田重久会長兼社長は、問題発覚以後、記者会見の場でもほとんど責任の自覚もなく、リーダーシップも発揮していません。6月26日の記者会見でも「異常破裂が起きることは製造当時は予測困難だった」「なぜ問題が起きたのか分かっていない」などと責任逃れとも受け取れる発言を繰り返したと報じられています。

■エリート士官養成学校で教える「指揮官先頭」とは

私は経営コンサルタントで、経営者のコーチ役を務めています。そこで私が繰り返し申し上げているのが「指揮官先頭」という言葉です。私も10人ほどの社員を率いる会社のリーダーですが、自分にも強く言い聞かせています。

もちろん、リーダーは部下がやることをすべてできるわけではありません。それならば、部下は必要ありません。しかし、重大な局面や重要な方針を実行する場合には、リーダーは先頭に立つ覚悟が必要です。

この「指揮官先頭」という言葉は、戦前の海軍兵学校(海軍の将校である士官の養成を目的とした教育機関)で厳しく教えていたことだそうです。指揮官たるべきもの、常に先頭に立って行動することが大切だということです。それをきっちり守って実践したのが、東郷平八郎(1848〜1934)です。日露戦争の「日本海海戦」での東郷の行動は、まさに「指揮官先頭」だったと私は思っています。

▼砲弾の嵐の中、東郷平八郎はブリッジに立ち続けた

戦争を美化するわけではありませんが、軍隊もひとつの組織。それを率いるリーダーの言動にはさまざまな教訓が含まれています。

1905年の日本海海戦で、日本の連合艦隊がロシアのバルチック艦隊と戦った時、連合艦隊司令長官だった東郷は、5時間にわたる戦闘の間、旗艦「三笠」のブリッジにずっと立ち続けたといわれています。それは負ければロシアの植民地になってしまうという、日本国の命運を懸けた戦いでした。

私は記念艦として横須賀に保存されている三笠を見学したことがあります。当時のブリッジは、鉄筋の柵で囲まれているだけで、一発でも被弾すれば即死はまぬかれません。

部下はブリッジの下にある「司令塔」に入ることを進言しました。そこは30センチメートル幅の鋼鉄で守られているからです。しかし東郷は、逆に副官以下を司令塔へ移動させました。そうして一発で指揮系統を潰されることを避けた上で、砲術長と、参謀長(加藤友三郎、後の大将、首相)、先任参謀(秋山真之、『坂の上の雲』の主人公)だけを自分と共にブリッジに残し、そこに立ち続けたといいます。

■びしょ濡れの指揮官を見た兵士の士気が上がった

敵艦も、三笠めがけて容赦なく砲弾を撃ち込んできます。指揮官を仕留めれば当然日本に大きな打撃を与えられるからです。それでも東郷はブリッジに立ち続け、戦闘が終わった時には、海に落ちた砲弾が上げる水しぶきでびしょ濡れになっていたそうです。

兵士たちは、砲弾が一発当たれば命のない状況で戦っています。

だからこそ、東郷は同じ危険に身をさらして、厳しい闘いに身を投じる兵士を鼓舞したのでしょう。あるいは、東郷の死自身が、日本国の死を意味していたという覚悟があったからかもしれません。先頭に立つ人の姿が同じ戦場に見えれば、士気も上がるはずです。

▼「言って聞かせる」だけで、先頭に立たない人

また、第二次世界大戦時の連合艦隊司令長官だった山本五十六(1884〜1943)の有名な言葉に「やってみせ、言って聞かせて、させてみて、ほめてやらねば人は動かじ」というのがあります。

「やってみせ」が最初に来ていることに注意が必要です。

先頭に立たない人は「言って聞かせて」から始めてしまいがちです。それでは、部下はついてはきません。すべてのことをやれと言っているのではありません。基本方針や大切なことは、指揮官先頭で行う「覚悟」が必要なのです。

企業経営は軍隊ではありませんから、命をかけてというところまではいきません。

しかし重大事には、自分が先頭に立って局面を打開するという「覚悟」が必要なのです。もし、それができない経営者ならば、それができる人に経営を譲ればいいのです。「所有と経営の分離」を行うほうが、覚悟のない経営者が経営するよりはずっと良い結果をお客さまや従業員、取引先に、ひいては社会にもたらすはずです。タカタの事例を見てつくづく感じたことです。

(小宮コンサルタンツ代表、経営コンサルタント 小宮 一慶)