日本銀行(撮影=編集部)

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 これまでの世界経済を振り返ると、米国の景気動向が欧州やアジアの各地域の経済に重要な影響を与えてきた。米国のGDP(国内総生産)成長率が上昇基調で推移すると、徐々にその動きがアジアや欧州に波及し、世界経済全体の安定が実現されてきたことがわかる。逆もまた然りであり、米国経済の減速は世界の景況感を悪化させてきた。2008年9月に発生したリーマンショックが、世界的な経済・金融危機につながったことは記憶に新しい。

 09年6月に米国の景気は底を打ち、それ以来、8年を超える景気の拡張が続いている。一部では、今回の景気回復が、1991年3月〜2001年3月まで120カ月続いた過去最長の景気拡張期を超えるとの見方も出始めている。景気の回復は永久に続くわけではないが、先行きに関して楽観的な見方は多いようだ。

 そうした状況下、米国の中央銀行であるFRB(連邦準備制度理事会)は、今後の金融政策の発動余地を確保しようとし始めた。それに加え、ECB(欧州中央銀行)も金融緩和策の出口戦略を進めようとしている。米国の株式市場がバブルの様相を呈するなか、金融政策の引き締めが世界経済と金融市場にどう影響するかは注意深く考えておくべきだ。

●金融引き締めに向かう米・ユーロ圏の中央銀行
 
 6月、世界経済を支えてきた米国やユーロ圏の金融政策は、大きな転換点を迎えたように見える。08年9月のリーマンショック以降、主要国の中央銀行は積極的に利下げを実施した。政策金利が実質的にゼロの水準にまで引き下げられた後は、量的緩和策などの“非伝統的”な金融政策が採られた。この背景には、長期、超長期の金利を低下させて国債から株式や不動産などのリスク資産への投資を促す意図があった。

 この過程のなかで、FRBのバランスシートは危機発生前の9000億ドル程度の規模から4.5兆ドルにまで増加した。ECB、日銀、イングランド銀行なども金融緩和を進め、世界の金融市場にはカネ余り(過剰流動性)が出現したと考えられる。このカネ余りが、米国などの株式市場に流入し、一部でバブルと思しき相場の過熱感を生み出している。

 今、FRBやECBが目指しているのは過剰流動性の吸収だ。米国では3回の量的緩和策を通して購入され、保有されてきた債券の再投資を段階的に縮小することが真剣に検討されている。

 米国では15年12月以降、4回の利上げが実施された。それでも足許の金融政策は、景気の回復ペースに比べると緩和的といえる。それが続くと、バブルが膨張し、崩壊後の景気の落ち込みなど、実体経済への悪影響が大きくなってしまう恐れがある。それをFRBは未然に防ぎたい。

 ユーロ圏では、年内にもQEの対象として買い入れることのできるドイツ国債などが枯渇し始める可能性がある。それだけでなく、6月にはイタリアやフランス国債の買い入れ額がECBの定めた上限を超えてしまった。

 FRBとECBにとって重要なことは今後、世界経済に変調が起きた時に金融緩和策を進める余地を確保しておきたいということだろう。米国ではFRB関係者が割高な資産価格への警戒感も示し始めた。市場はどちらかというと先行きを楽観しているようだが、想定以上のペースで米国とユーロ圏の金融政策が引き締められる可能性があることは軽視できない。

●相場の高騰はいつまで続くか

 金融政策は、市中の金利に上昇あるいは低下の圧力をかけることで経済に流通するマネーの量をコントロールすることを重視してきた。金融政策は利下げや量的緩和を通してバブル発生の原因=カネ余りを生み出す。そこに成長への過度な期待、思い込み、盲信が加わることでバブルは膨張する。株価が底値を付け、そこから数倍程度の上昇を記録すると、バブルはピークをつけ始めた可能性がある。この段階で中央銀行はバブルの影響を危惧し、徐々に金融政策を引き締めようとする。それがバブルつぶしにつながる。突き詰めて考えると、金融政策はバブルの発生と崩壊に無視できない影響を与えている。

 今、ニューヨークやロンドンを拠点とするヘッジファンド・マネージャーらと話をすると、「年内は強気な相場が続く」と答える専門家が多い。理由はさまざまだ。年内は中国の財政出動が世界経済を支える、IT技術の変革が米国のさらなる景気回復を支える、など十人十色の答えが返ってくる。

 はっきりしていることは、多くの市場参加者が一様に目先の世界経済に対して強気だということだ。投資家の心理が一方向に傾いている時こそ注意が必要かもしれない。言い換えれば、目先のリスクシナリオに対して投資家は無防備だ。

 年初以降の米国株式市場をみていると、買いが買いを呼んで株価は史上最高値を更新するまでに上昇してきた。すでに、米国の株式市場でバブルが発生していると警戒する専門家も多い。それでも相場は上昇し、新興国の株式などに資金を振り向ける投資家も増えているようだ。6月下旬以降の米欧の長期金利の上昇を受けても、新興国への投資が手控えられる兆候は見いだしづらい。

 早ければ9月にも、FRBはバランスシートの縮小を開始し、ECBは量的緩和の段階的縮小に関する発表を行う可能性がある。現状の経済環境が続くとした場合、その発表は主要国の金利を一段と押し上げる可能性がある。それが、バブルの終わりの始まりにつながる可能性は排除できない。

●短期的には円安が進みやすい
 
 短期的に、為替レートは二国間の金利差に影響されやすい。ここ1月ほどの動向を見ていると、円は対ユーロ、および対ドルで減価(円安が進行)してきた。特に、7月7日には日銀が国債買い入れ額を増額したことに加え、指定した金利水準で無制限に国債を買い入れる“指値オペ”も実施した。ECBやFRBとは対照的に、日本銀行は緩和的な金融政策を続ける意思を金融市場に示したのである。短期的には金融政策が引き締められるとの観測から、ドルやユーロが円に対して上昇する展開が想定される。

 少し長めの目線で考えると、円独歩安の展開になるとは考えづらい。なぜなら、多くの投資家が懸念するように、短期的に世界経済が安定を維持できたとしても、その持続性には不安な部分があるからだ。

 特に、米国経済の動向には注意が必要だ。今すぐではないにせよ、景気回復のペースは鈍化しやすくなっているように見える。いくつかの要因が挙げられる。8年ぶりに米国の新車販売台数は前年の実績を下回った。これは、家計の消費意欲が頭打ちになりつつあることの表れかもしれない。

 また、設備投資の増加につながると期待されてきたリグ(石油や天然ガスの掘削装置)の稼働数も減少に転じた。1〜3月期まで3期続けて増益を達成してきた米国の企業業績に関しても、今後の増益率は低下基調を辿るとの見方が多いようだ。

 FRBがバランスシートの縮小を開始し始めれば、金利は上昇しやすい。それは、低金利に支えられてきた住宅や耐久財の購入にとって、向かい風になる恐れがある。加えて、金融政策の引き締めが、株価などのリスク資産の上値を抑えはじめ、徐々に、相場が調整局面に移行する可能性もある。こうした動きは、低金利通貨(円)で資金を調達し、高利回りの通貨やその通貨建ての株式などで資金を運用する“キャリートレード”の巻き戻しにつながりやすい。

 今後、米欧の中央銀行が政策の引き締めを示唆するあたりまでは円安が進む可能性はある。しかし、金融引き締めが実体経済や金融市場にどう影響するか、現時点ではなんとも言えない部分が多い。それだけに、秋口以降の為替相場、その他の資産市場に調整圧力がかかる可能性は排除すべきではないだろう。
(文=真壁昭夫/法政大学大学院教授)