「LDP新潟政治学校」2期生募集のポスター

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 現在、自民党が世に出したポスターが一部で物議を醸している。

 それは、自民党新潟県支部連合会青年局による、「LDP新潟政治学校」2期生募集のポスター。この「LDP新潟政治学校」は、議員や識者などを講師に迎えて授業を行っていくというもので、ホームページによれば、昨年は宮腰光寛衆議院議員が「自民党農政について」という題で講義をしたり、カラーコンサルタントの橋本美和氏による「リーダーに相応しい服装と身だしなみ」という講座が開かれるなどしたという。

 問題の「LDP新潟政治学校」2期生募集のポスターには、白いTシャツを着た青年が2ブロックに刈られた髪をかき分けながらカメラにポーズをキメている写真にこんなキャッチコピーが躍っていた。

〈政治って意外とHIPHOP。ただいま勉強中。〉

 これに対し、ラッパーや音楽ライターなどヒップホップ関係者や音楽ファンから異論が噴出しているのだ。

 NITRO MICROPHONE UNDERGROUNDのメンバーとして00年代の日本語ラップシーンを席巻し、2014年からは千葉県松戸市の市議会議員を務めているDELIはこのようにツイートしている。

〈HIPHOPってカウンターカルチャーだし、少数派であってもそれを声に出したり表現する事で支持をえてきたわけだから、少数派の意見になんて耳も傾けてない今の与党、自民党がそういう精神性を理解してるとはまったく思えないし、どの口が言ってんの?ってのはごもっとも。〉

 先日の共謀罪をめぐる国会での議論や強行採決への過程や安倍首相の「こんな人たち」発言も記憶に新しいように、安倍政権および現在の自民党に自分たちと違う意見の人間とまともな対話をしようという姿勢は微塵もない。それは、マイノリティーたちの声をすくいとり続けてきたヒップホップの本質から最も離れた態度だろう。

 ラッパーのHAIIRO DE ROSSIも自身のブログでこのように綴り、同様の怒りを表明していた。彼は、アンチレイシズムを歌った「WE'RE THE SAME ASIAN」など、社会問題を主題にした曲も多く発表してきたラッパーとしてよく知られている。

〈政治とHIPHOPを結びつけ、尚且つ「政治とはHIPHOPである」と高らかに宣言するのであれば、まずこの政党にいる個人個人が、HIPHOPというものと自らが、今正に最も遠い場所に位置している事を理解して頂かなければ話にならない。
 僕は結びつけたのがHIPHOPだから怒っているのではなく、ROCKだとしても同じ感情になる。
 そして、この自民党の行動に怒りを示したHipHopを愛する人たちの多くが、そうであると思っている。何よりこれに対して怒りを覚える人間は、何もHIPHOPだけを好きな、浅はかな考えでは頭にきたりはしない。
 音楽、そして音楽が持つ精神性、さらには芸術、そして文化に対してのリスペクトの無さに怒っているのだ。〉(編集部により改行は変更)

●「政治って意外とHIPHOP」と言ってしまう自民党の無教養さ

 今年4月、山本幸三地方創生担当相による「一番の"がん"は文化学芸員。この連中を一掃しないとダメだ」という発言が炎上したのは記憶に新しい。山本大臣は「地方創生とは稼ぐこと」と定義したうえ、京都の二条城のケースをあげ、「文化財のルールで火も水も使えない。花が生けられない、お茶もできない」などと学芸員を批判したのだ。

 金にならない仕事をしている人間など必要ない。だから、観光振興に邪魔だから、博物館、美術館等で文化遺産や歴史的資料の収集、保管、研究調査などを行う重要な仕事をしている人間を一掃しろ、という、文化や芸術に対する敬意のかけらもない反知性主義が自民党政治の本音だ。

 今回のケースでも「政治って意外とHIPHOP」なる馬鹿げたキャッチコピーがすんなりと採用されてしまうあたりに、自民党の文化芸術への敬意のなさがよく表れている。

 このキャッチコピーを考えた人物は『フリースタイルダンジョン』(テレビ朝日)や『BAZOOKA!!!』(BSスカパー!)内のコーナー「高校生RAP選手権」に端を発したフリースタイルブーム・日本語ラップブームに軽く乗るつもりで書いただけで、ヒップホップという文化をめぐる知識や教養は皆無だと思われるが、言うまでもなく、ヒップホップと政治のつながりは「意外」でもなんでもない。

 そもそも、ラップというアートフォームは、1970年代にニューヨークの貧民街で産声をあげたときから一貫して、それまでのポップミュージックではなかなか題材になりにくかったものも積極的に取り上げ続けてきた。黒人差別問題、まん延する違法薬物、意図しない10代での妊娠と人工中絶、HIVなどの性感染症の問題、ドラッグ取引、ギャングの抗争による発砲事件など、そのテーマは多岐に渡る。

 パブリック・エネミーのチャック・Dによる「ラップミュージックは黒人社会におけるCNNである」という言葉は有名だが、このフレーズは、ラップという音楽は、レーガノミクスや都市再開発でどんどん苦境に追いやられていくスラム街の黒人たちが、自らの置かれている悲惨な状況を外に訴えるためのメディアとしての役割も果たしてきたということを示している。

●自民党がヒップホップを名乗る資格がないのは弱者を迫害しているから

 もちろん、言葉遊びをメインに据えた歌詞の楽曲や、ラブソング、パーティーソングも並行して多く歌われており、反体制的なコンシャスラップばかりではなかったということもまた認識しておく必要はあるが、こういった文化背景から、ヒップホップが政治を扱うのは「意外」でもなんでもないのである。

 音楽ライターの渡辺志保はツイッターにこのように綴っている。

〈ヒップホップは常に政治と密接な関係にあることは明らかですが、逆に自民党のお偉いさん方がなぜ今、ヒップホップと政治を結びつけたのか、その本質部分に疑問湧きました。PEやケンドリック・ラマーの曲でも聴いたのかしら...?何にせよ「お前が言うなよ」と思ってしまいましたが...。〉

 この問題が炎上し始めるや否や、ネトウヨからは「SEALDsがヒップホップを語るのは良くて、自民党がそれやるのはダメって、二枚舌過ぎる」といった意見が多く出た。

 確かにSEALDsは、メンバー自身がヒップホップからの影響をしばしば口にしており、デモのコールなどにもその影響がよく出ている。また、ラッパーのECDがコーラーを務めたり、スチャダラパーがSEALDsの集会に参加してライブを行ったりと、ヒップホップ側の人たちもSEALDsの活動を応援していた。

 ただ、今回、「政治って意外とHIPHOP」に疑義を呈している人たちは、政権与党がヒップホップをもちだしているからそのような意見を発しているのではないのである。

 人種差別を公然と行い、新自由主義的価値観のもと弱者をどんどん切り捨てていく一方で、オトモダチや大企業にはとことん便宜を図る昨今の自民党があまりにもひどく、そして、それはヒップホップという文化が表明してきたものとあまりにも乖離しているからだ。

●Kダブシャイン「弱者を切り捨てる自民党のどこがヒップホップなのか」

 それは、Kダブシャインがツイッターに投稿したこの文章が端的に表している。

〈持たざる者、声なき者に寄り添うことでヒップホップはここまで世界的に発展して来たのに、今の与党はそれに反して消費税、基地建設、原発推進、はぐらかし答弁、レイプもみ消しに強行採決と、弱者切り捨て政策ばかり推し進めておいて、そこに若者を集めることのどこがヒップホップなのか解説して欲しい〉

 ヒップホップは、差別されている者たち、虐げられている者たちが、世間に向けて自分たちの窮状を訴え、世の中を変えるための武器として機能してきた。それはいまでも続いており、ケンドリック・ラマー、YG、ジョーイ・バッドアスなど、楽曲を通してドナルド・トランプ以降の激化する人種対立に怒りの声を挙げるラッパーは多く、それらは多くの人に支持されている。ヒップホップとはそもそもそういった文化であり、それはいまでもそうなのだ。

 そして、それはいろいろな人の人生を変え、また、社会をも変えていった。16年7月12日に放送された『Black File』(スペースシャワーTV)でKダブシャインは、当時のヒップホップが草の根から社会を変えていった姿を海外留学中に直で見た衝撃をこのように語っている。

「80年代からヒップホップが盛り上がって、アメリカの人種差別は大きく変わったじゃない? もちろん差別する白人もいるけど、差別はやめようって言う白人もすごい増えたじゃない? 俺はそれが体現するタイミングでアメリカにいたから、ヒップホップにはそれぐらい社会を変える力があるんだっていうところにすごい感銘を受けた」

 Kダブシャインはヒップホップのそのような側面に大きな影響を受けて日本でもヒップホップを定着させるべく音楽活動を始めていくことになるわけだが、それは世界各地で起こっていたことでもある。今月16日、インターネットラジオ・WREP内の番組『Revisited:』で「政治って意外とHIPHOP」問題を扱ったKダブシャインはこのように語っている。

「やっぱりその弱者なり持たざる者に対しての思いやりだったり情けっていうものがあってはじめて、ヒップホップはこんだけアメリカでも大きくなったし、日本にも届いて、世界でも......おそらく、世界中のマイノリティーとか抑圧されているエスニック・グループっていうんですか? 集団は、ヒップホップを希望に生きてきた人たちがいっぱいいるんですよ。もうアフリカとか中東とか、2パック信者みたいなのが死ぬほどいるらしいしね。そうやってヒップホップとは何ぞや?っていうのをみんな考えながらやってきているわけで、そこでこんな新潟の自民党がどんなつもりかはわからないけど、簡単に軽く使ったんだとしたら、ちょっと「ヒップホップ」という名前を使ってヒップホップと言うんだったら、俺たちの話をどこまで聞いてくれるのかな?っていう。ヒップホップの声をどれくらいすくい取ってくれるのかな?とは思いますよね」(ウェブサイト「miyearnZZ Labo」内書き起こしより)

●「音楽に政治を持ち込むな」とは言わなかったネトウヨの二枚舌

 繰り返しになるが、今回のケースでは政権与党が自身の政治活動にヒップホップの名を出したことにアレルギー反応を示しているわけではない。実際、オバマ前大統領はヒップホップの熱狂的なリスナーであることを公言し、ジェイ・Zやケンドリック・ラマーといったラッパーたちとの交流がしばしば報道されたが、それらが炎上することなどなかったのは知っての通りである。

 今回、自民党のポスターが炎上したのは、現在の自由民主党という政党と、その総裁である安倍晋三が、陰に陽にレイシズムを煽り、新自由主義価値観のもと「強きを助け、弱きをくじく」政治をしているからであり、それはこれまでさんざん述べてきた通り、ヒップホップ的価値観とは180度真逆のものだからである。

 ちなみに、話は少し横道に逸れるが、昨年6月、野外ロックフェス「FUJI ROCK FESTIVAL'16」に元SEALDsの奥田愛基の出演がアナウンスされたことをきっかけに、「音楽に政治を持ち込むな」との論争が巻き起こったことは記憶に新しい。

 このときに「音楽に政治を持ち込むな」との馬鹿げた意見をがなりたてた人たちは、自民党新潟県支部に対しさぞかし強い口調で「政治に音楽を持ち込むな」と言うのであろうと思い動向を見ていたが、不思議なことにそういった声はまったく起きていなかったようだ。

 この炎上騒動は、二枚舌なのはどちらか? ということも立証することになったようだ。
(編集部)