2017年7月10日、ドイツのベルリンで、中国出身のパンダ「夢夢」は4歳の誕生日を迎え、おいしいケーキを味わった。

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2017年7月10日(現地時間)、ドイツのベルリンで、中国出身のパンダ「夢夢」は4歳の誕生日を迎え、おいしいケーキを味わった。

1862年、フランス人のArmand David氏は現在の四川省雅安市宝興県で初めて「黒白の熊」という動物を発見し、「Giant Panda」と名付けた。そこから、パンダが世界を風靡(ふうび)する時代が幕を開けた。それから100年間、パンダは中国の他の国や地域との友好大使となりつつある。

現在、海外で生活する四川出身のパンダは数十頭いる。彼らは世界各地を行き交い、半世紀の間、「パンダ族」復興のために卓越した努力を続けてきた。このほど、独ベルリンで開催されたG20サミットが世界の注目を浴びた。だが、ドイツ人がもっと興味津々だった出来事がある。それは、四川省成都パンダ飼育研究基地出身のパンダ「夢夢」と「嬌慶」だ。7月5日、ベルリンの動物園のパンダ館に登場して以来、「夢夢」と「嬌慶」はドイツでパンダブームを起こした。国賓級の待遇を受けたこの2頭のパンダは、これから1000万ユーロ近い価値のある「新しい家」で15年生活を送るということだ。

パンダの故郷の四川省はパンダたちの重要な生息地である。1970年代以来、四川省の動物学者たちは三世代に渡ってパンダの研究と保護に身を投じてきた。四川省が本来持つ自然環境(森林)の豊富さに加え、動植物保護の活動を背景に、半世紀の間、パンダたちは難しい種族復興の道を歩んできた。

▽米ワシントン:「添添」の家族は動物園の「宝物」

1972年、中国が米国に初めて贈ったパンダ「玲玲」と「興興」は、飛行機に乗ってワシントンに到着し、約8000人が雨の中空港まで出迎えた。そこから、米中両国の「パンダの縁」は始まった。2002年、「添添」と「美香」は専用機「パンダ1号」に乗って成都からワシントンの動物園に到着した。2015年8月には「貝貝」が生まれた。

米国では、パンダは正真正銘の「ネットアイドル」だ。動物園の壁にもパンダの画像がいっぱいだ。今年4月、「添添」、「美香」、「貝貝」がどれほどの人気者であるかを記者は目にした。ファンが殺到し、驚きと称賛の声が絶えることはなかった。ある5歳の男の子が館内にいる「貝貝」に声を掛けた。「貝貝」は竹製の台に気だるそうにうつ伏せになり、聞こえないふりをした。しばらくして突然、手と足を伸ばし、体半分が宙ぶらりんになったので、人々は心配し、驚きの声を出した。だが、こういう「リスクがある」動作は「貝貝」の十八番で、バランスを取った後に、姿を変え、すやすやと居眠りを続けた。

▽オランダ・アムステルダム:9000平方メートルの豪華なパンダ館でお出迎え

同じく4月に、パンダの「星雅」と「武●(●=雨の下に文)」が四川臥龍からオランダに到着した。これはオランダにとって初めてのパンダの出迎えだった。現地時間5月30日に、オランダの動物園はパンダ館のために盛大な開館式を行った。パンダ到来のために、オランダは特別に総面積9000平方メートル、パンダの生活面積3400平方メートルの「豪華館」を建てたのだ。1階には、「星雅」と「武●」それぞれのベッドルーム、活動ルーム、診療所などがある。更に未来の赤ちゃんのためにベビールームも設置されたのだ。館外には2000平方メートルの庭もある。

中国パンダ保護センターは既に米国や英国、オーストラリア、日本、タイ、シンガポールなど11カ国の13の動物園とパンダ研究の提携を結んでいる。今まで海外に行って暮らしたパンダは28頭おり、そこで無事に生まれた赤ちゃんは17頭、その中の11頭は保護センターに帰って暮らしている。

▽「夢夢」「嬌慶」を迎えるためドイツは高級住宅を用意