コスモポリタンの今月の特集は「旅」。編集部員それぞれが「人生で一番忘れられない旅」について語ります。第2回目は、エディターERINAによる「WEHO編」。一夜のできごとゆえに写真がないのですがご容赦あれ…。

「おこげ」という言葉をご存知でしょうか。よく言えばLGBTQコミュニティに理解のある存在、あるいはその界隈に入り浸っては抜け出せない私のような人間のことを指すんだそうです。思い返せば、初めてゲイタウンと呼ばれるエリアに足を踏み入れたのはオーストラリア留学時代（当時19歳）。マルディグラというゲイパレードも行われるオックスフォードストリートを歩いては、自由と個性が香る街に心躍っていたのを思い出します。帰国してからもご縁あって、気づけば新宿2丁目に足繁く通うように…！

そんな私にとって、海外旅行で外せない目的地のひとつがゲイタウン。レインボーフラッグに導かれるがままに、パリなら「マレ地区」へ、サンフランシスコなら「カストロ地区」へ…、と友人を連れまわしてきました（まったく迷惑な話）。ショッピングが楽しいカストロ地区では、レインボーカラーの付けまつ毛や、人毛でつくられた付けヒゲをゲットしたり、パリならではの優雅さも味わえるマレ地区ではカフェで隣に座った男性から唐突に恋愛相談をされたりと、時間や場所を問わず自由で刺激に溢れているのがゲイタウンの魅力。

サンフランシスコのカストロ地区にて。「Cafe Mistique」というレストランで食事したという記録が…

そんな中でも強烈だったのが、ロサンゼルスの「ウェスト・ハリウッド（通称WEHO）」。そもそもは友人Kとの学生2人旅を楽しんでいたわけですが、偶然にも（？）ホテルがWEHOのど真ん中にあったこともあり、夜になるとウズウズ。今なら聞くまでもなく友人を連れ出すところですが、当時私は21歳、友人Kは惜しくも20歳（アメリカでは未成年）。翌日には、同じタイミングで渡米していたバイを公言する友人Sとナイトアウトできることが決まっていたわけだし、ジッとしてりゃあいいものを、そうはいかないのがおこげ魂。

WEHOで滞在していたホテル。奥に映るのが友人K。

22時半頃、「ごめんね」と言い残してホテルを脱出した私が向かった先は、徒歩3分の場所にある「The Abbey」。そこはセレブも御用達な有名ゲイバー＆レストランで、広〜いクラブスペースはもちろん、開放的な中庭があったり、ダンサーのお立ち台にもなる長〜いカウンターがあったりと「さすがアメリカ！」な規模感。そしてそれはつまり、知り合いも連れもいないアジア人女性が単身で乗り込むには勇気がいる規模感。しかし、怖気ついている場合ではない。そう、翌日に控えた友人Sとのナイトアウトのための偵察という崇高な使命を果たさなくては…！

気合いを入れ直し、世にも長いバーカウンターへ。バーテンダーに声をかけようとするも、お立ち台と化していたカウンターは人がごった返し、脚の合間を縫ってのコミュニケーション。もちろん音楽も鳴らしたい放題。こんな時、どんなに英語力がなくても通じる万能ドリンクといえばテキーラしかない。本当はオレンジで割ったテキーラ・サンライズが良かったなんて、駄々をこねている場合ではないんです。ショット〜独唱〜です。すると、まぁ不思議。哀れな姿を見かねたお立ち台に立っているマッチョ男性がモスコミュール的な爽やかドリンクをくれたと思えば、台湾から旅行に来ているという女性同士のカップルに声をかけられ、そうこうしているうちにマッチョの友人も合流し、気づけば6〜10人くらいの輪に。偶然に知り合った人たちと意気投合し、人種や年齢、セクシャリティさえも超えて同じ時間を共有するという旅ならではの醍醐味にジーン…。

そんなワケあって、偵察のはずがついうっかり楽しみすぎてしまった私。「いっけなぁい！　幼気な友人Kが待つホテルへ帰らなきゃっ」と、わずか小一時間前に出会ったばかりとは思えないほどアツい抱擁を交わし帰路へ。

そんな心地の良い余韻に浸りながら路地を歩く私の前方に飛び込んできたのは、推定20cmのピンヒールを履いたドラァグクイーンさん。長いネイルで指さしながら連呼しているFワード（放送禁止用語）は、対向する歩道にいる誰かに向けられている模様。

※写真はイメージです。ネイルはこの方の数倍の長さでした

咄嗟に「これは絶対に目を合わせてはならない…」と悟ったものの、時すでに遅し。クルッと振り向いた彼女がコチラへズンズンと歩いてくるではないですか。以下、ドラちゃん（仮名）との愉快な会話をどうぞ。※抄訳です。

ドラちゃん「ちょっとアンタ、今の聞いてた？」

私「いえ…その…」

ドラちゃん「ダァァァアメだよ、あんな汚い言葉使っちゃ！」

私「は…はい」

ドラちゃん「アンタ、どこの人？　日本人でしょ？　私ね、日本語いっぱい知ってるのよ！　"カワイイ"、 "アリガトウ"、"ブサイクッッ"！！！」

私「（ブサイクの勢いに爆笑）」

ドラちゃん「いつか日本に行くのが夢なの。日本の文化とか人とか好きなのよ。それに日本人ってみんな小っちゃいんでしょ？　見下ろして歩くのって気持ちいいでしょうし。でさぁアンタ、どこ向かってるわけ？」

私「○○ホテルだよ」

ドラちゃん「…ッハァァァァア!?　全然逆方向来ちゃってますけど！　道も覚えられないバカ女には付き合ってらんないわ。送るから、これに乗って」

あまりの唐突さにリアクションできずに突っ立っていると、路駐してあったセダンの後部座席のドアを開いてドラちゃんが手招き。そしてシートに散乱していた高級メゾンブランドのバッグやらメイク用品やらを、あの長い爪でポイポイっとトランクに投げ入れる。自分が人の親だったら「知らない人のクルマには乗っちゃダメよ」と言うかもしれない。でも、言葉の端々から人情を感じさせる彼女のことは不思議と信用できたんです。微かにドキドキしつつも、それでもまだ散乱状態の後部座席へ。運転するドラちゃんのウィッグが天井に擦れる音を聞きながら、「本当に帰れるんだろうか」なんて思ったような思わなかったような…。

どこもかしこも外観が似ているホテルだらけということもあって、15分ほどかけていくつかのホテルを周ってくれたドラちゃん。そして無事に、滞在しているホテルへと送り届けてくれたのでした。今考えれば、酔っぱらって真夜中に一人で路地を歩く女性なんて、何に巻き込まれてもおかしくなかったはず。そんな自己防衛能力の低い私を心配して送り届けてくれたドラちゃんには、感謝の気持ちしかありません。まるで夢のような、本当のお話。

さて、念入りな偵察の甲斐あって（？）翌日の夜こそが本荒れだったのですが、一部記憶が曖昧であることと、公序良俗に抵触しかねないため記事化は見送ることにしました。とはいえ文字にできる前夜祭だけでも、ゲイタウンがいかに愛と刺激にあふれた場所かはお伝えできたはず。旅行ついでと言い訳つけて、アナタも新しい世界を覗いてみては？