北朝鮮で、自動車の増加と比例して交通事故も増えていると伝えられている。

北朝鮮の人民保安省(警察庁)は昨年12月、重大事故を3回起こしたら車を没収するという方針を示し、事故を未然に防ごうとしているが、あまり効果はないようだ。事故を起こしてもワイロやコネでもみ消されてしまうからだ。

過去には橋崩壊で500人死亡も

人民保安省が交通事故を防ごうとする努力しているとはいえ、そもそも北朝鮮当局は社会全体の安全問題に関する意識が低い。

例えば1989年4月、高速道路の建設現場で、建設途中の橋が崩落する事故が発生した。この時、現場にいた500人が120 メートル下の川原に落下。後に韓国へ逃れた目撃者たちの証言によれば、川原には原形をとどめない死体が散乱し、救助の看護師たちが気を失うほどの地獄絵図と化したという。

(参考記事:北朝鮮、橋崩壊で「500人死亡」現場の地獄絵図

事故の最大の原因は、北朝鮮独特の「速度戦」といわれる突貫工事だ。記念日に合わせて輝かしい成果を出し、盛大に迎えるためという名目の下に、無理な工期や劣悪な労働環境で工事が進められ、事故が多発している。北朝鮮独裁体制が抱える深刻な問題といえるだろう。

成果を優先する北朝鮮当局の人命軽視の姿勢に対して、一部の住民からは怨嗟の声が出ているが、独裁体制ゆえに民衆の声が反映されることはない。交通事故でも同様に、北朝鮮独特の「力学」が働くのだ。

「走り屋」金正恩氏は

平壌在住の情報筋が米政府系のラジオ・フリー・アジア(RFA)に語ったところによると、交通事故が発生すると、まず現場に交通保安員(交通警察)が出動する。彼らはどちらが加害者で、被害者であるかを判断する前に、どちらに社会的な力があるかを見る。そして、力が強い側に有利な結論を出す。

力の優劣がつけがたい場合には、両者に協議するよう伝えて、その場から逃げてしまう。下手にどちらかの味方をすれば、あとでどんな仕返しに遭うかわからないからだ。

咸鏡南道(ハムギョンナムド)の情報筋によると、交通事故の「被害者」となるのは、実際に怪我や損害をこうむった人ではなく、声が大きく、強いコネがある人の方だ。力のない庶民は、どこにも訴えることができない。

実は、北朝鮮の幹部は、外国でも同じような不正を働いている。昨年2月、中国駐在の北朝鮮外交官が交通死亡事故を起こした。北朝鮮領事館は遺族に賠償金を支払った。加害者は北朝鮮に戻ってそれ相応の罰を受けるはずだった。

しかし加害者の兄は、金正恩党委員長の妹、金与正(キム・ヨジョン)氏とのコネを使って事故を揉み消したため、一切のお咎めはなかったという。

誰が見ても加害者であることが明らかな場合は、その人の地位や経済状況に応じて被害者に補償を行う。しかも現物でだ。死亡事故の補償は冷蔵庫、テレビ、またはコメ50キロというのが相場だという。6月末の時点で、平壌でのコメ50キロの値段は29万北朝鮮ウォン(約3770円)だ。

冷蔵庫やテレビがもらえるのは、それなりの地位のある人だろう。力のない北朝鮮の庶民は、命も安く買い叩かれるのだ。

北朝鮮の最高指導者である金正恩氏は、交通事故をめぐり、人命が現物で補償されている実情を把握しているのだろうか。

金正恩氏は、夜中にこっそり専用ベンツに乗って平壌市内をドライブしているという噂がある。実際、北朝鮮メディアは金正恩氏が自らハンドルを握って建設現場を訪れたエピソードを紹介していることから、クルマ好きで運転も好きなようだ。

スピード狂で走り屋と噂されている金正恩氏が、もし人身事故を起こしてもまず間違いなくもみ消されるだろう。独裁者としてやりたい放題できる金正恩氏にとって、自動車運転における安全問題や、事故が起きた場合の補償など些細なことなのかもしれない。