丹野智文さんは、同じ認知症の仲間2人と一緒に、認知症への取り組みが最も進んでいるといわれるスコットランドを旅した。そこで感じたことは、日本の当事者は夫婦べったりなのに対し、スコットランドではそれぞれの自主性を尊重していることだった。そして、たとえ症状が進んでも、自立することを誇りにしていた。

 だから、認知症の当事者が自立するためのさまざまなサポートツールも研究開発されている。さらに、サポートする人たちも、必要最小限の手助けをするようにしていた。スコットランドで認知症への理解と取り組みが進んだのは、これら自立する当事者が、自ら病気をオープンにして発信するようになったからだと、丹野さんは考えている。


丹野智文さん ©文藝春秋

 前回、イギリスでは認知症の人のためのグッズが大学で研究開発され、認知症カフェで売られている話をしましたが、実は、スコットランドの認知症カフェはすごく面白いので、ぜひ紹介したいと思います。

日本の認知症カフェ事情

 日本の認知症カフェとの違いを理解してもらうために、まずは日本の認知症カフェ事情をお話しさせてください。

 認知症カフェを簡単にいえば、認知症の人や家族や地域の人たちが集って話ができる場で、日本にもあります。認知症の人の居場所として利用する機会が多いので、行かれた当事者はいると思います。私も行きました。では行って面白いかというと、本当に面白いと思えるカフェはどれだけあるのか疑問です。

 名古屋に「モーニングカフェ」というのがあって、さすがモーニング文化の土地なんだと思って楽しかったのですが、そんな認知症カフェは少ないと思います。まず、どこへ行っても尋問のような質問をされます。

「いつ病気になったの?」

「困っていることはありますか?」

 当事者をお客様扱いにするところも少なくありません。おかしいですよね。それでは当事者にとっても居心地が悪いはずです。それに、認知症になったからといって、「認知症カフェ」の看板を掲げているところに行きたいと思うでしょうか?

「面白くないけど、行かないと家族に迷惑をかけるから行ってるんだ」と言った男性の当事者がいました。多くの人は、認知症カフェに「行く」のではなく、家族に「連れて行かれる」のではないでしょうか。

 でも考えてみれば、これも日本人のやさしさかもしれません。家族も、当事者のことを思って勧めているのです。でも、それが当事者に我慢を強いている場合もあります。我慢を続けていると、ウツの症状があらわれたり、生きる気力を失って認知症の症状が進んだりすることもあるのです。

 そうではなく、行けば楽しいと感じるカフェにすべきなのです。楽しければ、家族が黙っていても、当事者は自分から行きたいと言うはずです。

 たとえば、野球が好きなら、テレビで野球観戦ができるカフェもいいし、サッカー場のミーティングルームを借りて、サッカー好きの当事者だけでサッカー談義ができるカフェもいいでしょう(スコットランドにありました)。あるいは、お茶とケーキが出て、女性の当事者だけでおしゃべりができるカフェも面白いですね。スポーツが出来るのカフェもいいと思います。認知症の人だけを集めてやろうとするからおかしなカフェになるのです。

 はじめてのスコットランドの旅で、イングランド北東部のヨーク市にあるアロマカフェに行きました。認知症カフェなのに、外観も内部も普通のカフェとまったく変わりません。


一見すると、普通のカフェと変わらない/川村雄次氏より提供

 なにが認知症カフェなのかというと、ここで働いている人が認知症について学んでいるというだけなのです。だから、利用しているのは認知症の人だけではありません。認知症に関心のある方や、ボランティアで働いている当事者もいますが、普通のお客さんもいます。どこから見ても普通のカフェなのです。

 ここでは、だれが当事者かなんて尋ねられません。認知症の人が来て、困っていれば手助けをすればいいのです。だから、当事者も普通のお客さんも、のんびりとコーヒーを飲みながらおしゃべりしています。

 これらの認知症カフェが、認知症にやさしいかどうかは、当事者が決めるそうです。やさしいと思ったら「Dementia Friendly」というステッカーを渡して貼ってもらいます。これならば、日本でもすぐできるのではないでしょうか。


アロマカフェの店内/川村雄次氏より提供

当事者を尊重するリンクワーカー制度

 私がスコットランドでうらやましいと思ったのが、リンクワーカー制度です。これは国の制度として決められたもので、日本のケアマネジャーのようなものですが、実態はずいぶん違います。

 日本では認知症と診断されるとケアマネジャーがついて、介護保険を受けられるようにしてくれたり施設を紹介してくれたりします。同じようにスコットランドでは、認知症と診断されてから1年間、リンクワーカーのサポートを受けられます。そのサポートの内容がまったく違うのです。リンクワーカーがつくと、最初に「これから何がしたいですか」と聞かれます。たとえば、旅行に行きたいと言えば、それを実現するために当事者と一緒に計画を立てるそうです。


リンクワーカーとその支援を受けた人たちと

 ジェームズさんは、もう運転ができないとわかったとき、サポートしてくれる仲間の助けを借りて、免許がなくても運転できるように、個人所有の飛行場を借り切って、思いっきり運転したそうです。それで納得し、自分で運転免許をあきらめたと言っていました。

 日本のケアマネジャーは、何をしたいかと尋ねることはまずありません。

 でも、全員がリンクワーカーを使うわけではないようで、使いたい人は使い、使いたくなければ使わなくてもいいのです。実際、リンクワーカーを使う人は5人のうち2人ぐらいだそうです。使いたくない当事者もいれば、使わせたくない家族もいるのでしょう。

 使う方法も、月に1回の人もいれば半年に1回の人もいて、どういう使い方をするかは自分で決めます。当然、都会と田舎では関わり方も違いますが、基本的に「やってあげる」のではなく、「寄り添う」「一緒に考える」「一緒に行動する」のが大切だと言っていました。

 余談ですが、「おれんじドア」(丹野さんが実行委員会代表を務める認知症本人のための物忘れ相談窓口)に来られた方に、美容室を閉めた認知症のおばあさんがいました。一緒に「おれんじドア」をやっている医師に頼んで、施設でお年寄りの髪をカットしてもらうことになりました。うまくできればお金をもらえばいいと励まして始めたのですが、今ではものすごく生き生きしています。髪を切ることが自信になっているのです。本人はできないと思い込んでいますから、できるんだということを提案してあげるだけで当事者の生き方が変わってくるのです。

「やってあげる」日本人

 日本の場合は「やりたいことをやらせる」のではなく、どうしても「やってあげる」が強くなります。たとえば、ケアパス(サービス提供の流れを理解するための認知症ガイドブック)を作ると、地域包括支援センターの人は「手渡しして説明したい」と言います。診断直後の当事者は誰にも知られたくないので、こういうものをコソッと見たいのに、なぜ手渡しで説明しようとするのでしょうか。

 日本で、「リンクワーカーは、認知症と診断された当事者に、相手の立場になって、何をしたいか、何ができるのかを尋ねるんだ」と言うと、「そんなことは当たり前でしょ」と皆さん思うでしょう。当たり前なのに、日本でそんなことを聞かれた当事者はいるでしょうか。当たり前のことが、当たり前にできていないのが日本の現状なのです。

 リンクワーカーと会って、希望を持てたと言った当事者もいました。それなら日本でも、と思われるでしょうが、私は新たに制度化しなくても、地域包括センターの人やケアマネジャーがちょっと意識を変えれば、十分にリンクワーカーと同じ役割を果たせると思います。

認知症でも免許更新が出来るイギリス

 先ほど話に出た運転免許といえば、スチュワートさんという認知症の方と再会しました。

 日本では認知症と診断されると車の運転ができなくなりましたが、イギリスでは、免許証の更新時に実技のテストを受けて合格すれば運転を続けられます。スチュワートさんもまだ運転していて、昨年9月に会った時、同行した山崎先生が、「更新できなかったらどうしますか?」と尋ねたら、すごく悲しい顔をしていました。本人は更新する気マンマンだったのです。

 今回の旅で再会したら、案の定というか、まだ運転しているそうで、「免許を更新したよ」と自慢していました。

 オーストラリアのクリスティーン・ブライデンさんも、認知症と診断されてから22年経っていますが、今も更新して運転しています。もちろん遠くへは行かず、運転するのは自宅の周辺だそうです。

 スチュワートさんも、今も元気に運転しています。自分の行ける範囲は自分で行くと決めているようです。買い物に行ったり、趣味の釣りに行ったりしていると言っていました。

 私はだんだん頭が疲れるのが早くなってきて、今は1時間もすると計算などの難しい仕事ができなくなります。「大変なんだよね」と言っても、妻に「働きなさい」と言われたら、やっぱり出社します。でも中には働けない人もいるはずです。同じ認知症といっても個人差があるのです。車の運転も同じで、運転できる人もいれば、できない人もいるのですから、公平に実地試験を受けさせて、合格すれば信じてあげるというのも大切ではないでしょうか。

各地域に60ある当事者団体

 もうひとつ、スコットランドでうらやましいと思ったのは、地域のワーキンググループで発言している人がものすごく多いことです。「家族の会」のようなところではなく、当事者だけのワーキンググループが各地域に60もあるのです。これらは、「自分の気持ちを伝えたい」「社会を変えたい」ということで、当事者が集まって自主的に作ったものです。


ワーキンググループの皆さんと/川村雄次氏より提供

 日本では当事者の話し合いの場はほとんどなく、集まるところではなく集められる居場所が多いと感じます。

 スコットランドのワーキンググループに参加したことがありますが、当事者が主体になって、当事者だけでやっていました。家族もほとんど来ていません。司会やボランティアが2〜3名いるだけで、コーヒーやお菓子を出してくれるのも当事者でした。

 ここでは、サンドイッチなどを食べながら、みんなでワイワイ話すのがいいという考え方でした。コーヒーを入れるのも、また暑くなると、換気するのも当事者です。すべて当事者が中心になってやっていることがすごく素敵だと思いました。

「権利と自立と偏見」

 今度、講演で認知症の人の「権利と自立と偏見」について語ろうと思っています。これもスコットランドを旅して感じたことです。

「自立」をしないと、私たちは周りから「変な人」と思われてしまいます。自立していると、自分がこれだけできるのだから、周囲から何を言われても「言われる筋合いはない」と思えるのです。自立していないと、「可哀想な人」と思われるのが怖くて外に出て行けなくなります。自立できないと、自分が過ごしたい生活ができなくなるのです。

「偏見」はみんなの心の中にあります。その根底にあるのが、認知症に対する間違った情報だと思うのです。

 小学校で講演した時、「認知症になって良かったことはありますか」と聞かれたことがありました。子供は偏見がないから、そういう質問ができるんですね。

「権利」とは、当事者がこれまで過ごしてきた普通の生活を、認知症になっても続けられることではないかと思っています。

 これまで、当事者は偏見があるから認知症を隠そうとしましたが、なぜ偏見が生まれるかを考えませんでした。ところが、最近になってようやく「偏見ってどうして起こるんだろう」と、みなさんが考えるようになりました。偏見を考えれば、自立につながります。自立を考えなければ、偏見はなくなりません。自立を考えれば、当事者の権利も考えるはずです。自立と偏見、自立と権利というのは、「点」ではなく、「線」でつながっているんです。

 日本では、自立ではなく、守られすぎる当事者が多すぎます。認知症をオープンにしてしゃべりたい人がいるのに、奥さんや旦那さんの目を気にしてしゃべれないんです。

 でも最近は、守られていない当事者がしゃべるようになってきました。やっと「権利と自立と偏見」について議論できる下地ができたのだと思います。スコットランドを旅しながら、私はそんなことを考えていました。

スコットランドの珍道中

 帰国前日の3日目は観光に当て、エディンバラ城などを観光しました。

 私たち3人はだれも英語がしゃべれないため、道中はほんとにドタバタ続きで、竹内(裕)さんから「ちゃんとしろよ」って怒られる始末です。今回は行き当たりばったりの旅でしたが、私たちには最高に楽しい旅だったと思います。ぜひ、他の当事者にもこんな経験をしてもらいたいですね。

 私はハンバーガーが大好きです。帰国の日は、やっぱりスコットランドのハンバーガーを食べました。本当に肉厚なんです。

 全員がお酒を飲むので、みんなでエディンバラのパブに行き、飲んで食べておしゃべりしました。私はいろんなビールを飲み、竹内さんはいろんなスコッチを飲む。フィッシュ&チップスをシェアしながら。最高に楽しい時間でした。


一緒に旅した仲間たちと

「認知症にやさしい社会」とは

 観光しながら、認知症の人にも使いやすいかどうか研究してみようということで、バスや電車に乗り、美術館にも行きました。

 記憶に残っているのは、電車に自転車も乗せられるようになっていて便利だと思ったこと、それに「〇〇行」という表示が車体の真ん中にあって見やすかったことです。

 バスは、乗降口にパタンと倒す板があって、車椅子の人でも乗り降りしやすいように工夫されていました。スコットランドでは、障害を持っていても自由に生活する権利があるからだそうです。


スロープが出てくるバス/同行した石原哲郎氏より提供

 ただバスは、乗り降りするときはすごく優しいのに、運転がものすごく荒かったのにびっくりしました。

 全体の印象として、エディンバラなどは美しい街ですが、では認知症にやさしいかというと、ごく普通の街です。制度としても、たしかにスコットランドは、ワーキンググループなど、当事者に関するものは進んでいる印象がありますが、重度の認知症についていえば、日本の方が進んでいます。スコットランドでの診断直後からの支援、日本での進行していってからの支援、お互いに良い部分を学び合えば、それほど遠くない時期に「認知症にやさしい社会」が実現できるのではないでしょうか。今回の旅で、私が確信したのはこのことです。

〈取材・構成=奥野修司〉

(丹野 智文)