「フェイクニュース」という言葉は、いまでは敵対する相手へのレッテル張りのツールになりつつあるようだ。

 フェイクニュースは、日本語で言えば要するに「デマ」「偽記事」である。虚偽の記事であることが明確に証明でき、それに多くの人々が同意できるのであれば、「それは虚偽です」と指摘するだけで済む。こういうケースの典型は、昨年のDeNAキュレーションメディア事件だ。

 DeNAが運営する医療メディア「ウェルク」は、たとえばこんな記事を書いていた。「肩こりがひどいのは病気が原因?」という見出しで、「肩の痛みや肩こりなどは、例えば動物霊などがエネルギーを搾取するために憑いた場合など、霊的なトラブルを抱えた方に起こりやすい」。これが虚偽であることを否定する人はあんまりいないだろう。だからウェルクは閉鎖され、DeNAの幹部が謝罪する事態になった。

 ところがいま蔓延しているのは、社会の大多数が同意できるような明白な虚偽ではない。だから話がややこしく、難しい。

「福島の子供達に甲状腺がんが多発」はホントかウソか

 福島第一原発事故をめぐる言説は、その典型的なケースである。福島の子供たちに甲状腺がんが多発しているという情報がある。これについては、他地域と比べてもがん発見率が変わらないことから、医学的には誤りであるという指摘がさんざん行われてきた。「原子放射線の影響に関する国連科学委員会」(UNSCEAR)も、「心理的・精神的な影響が最も重要だと考えられる。甲状腺がん、白血病ならびに乳がん発生率が、自然発生率と識別可能なレベルで今後増加することは予想されない」という調査結果を発表している。この結果は、首相官邸公式サイトにも掲載されている。


福島第一原子力発電所 ©iStock.com

 私自身の見解について述べておくと、これについては私はすでに明白に証明されている科学的事実だと捉えている。しかし新聞やテレビでは、事故由来の甲状腺がんが増えているとほのめかす報道が多い。そしてこれはマスコミだけでなく、インターネットにもそういう個人の発信が大量にある。試しに「福島 甲状腺がん」でグーグル検索すればわかる。検索結果上位に並んでいるのは、甲状腺がん増加を肯定するブログばかりだ。

 つまりこの問題では、日本社会の大多数が同意できる「事実」というのが、もはや存在していないということになる。

 私は「福島で甲状腺がん多発」は虚偽だと考えている。民進党の阿部知子衆院議員が「福島のこども達に起きた甲状腺癌の多発、政府も福島県も『認めない、調べない、謝らない』の一点張り。そして残念なことに福島の地元でも多発を多発として認めたくないという思いが強い」とツイートしたことに対して私が「デマ」と指摘したところ、「甲状腺がん多発を否定するあなたの方がデマだ」と別の人から反論された。

 念のために言っておくと、私はここで、甲状腺がん多発の是非について議論しようとしているのではなく、自分の正しさを訴えようとしているのでもない。そうではなく、もはやこの日本社会からは、多くの局面で「何が事実か」という基準が失われつつあることを説明しようとしているのだ。議論の前提となる事実認識が異なれば、議論しても折り合いをつけようがない。それは確かに民主主義の危機であると言える。

 これは福島第一原発事故のみならず、森友学園・加計学園問題や沖縄をめぐる報道など、さまざまな場面で無数に立ち現れてきている。

虚偽ではなく「もうひとつの事実」であるという釈明

 こういう状態はもはや「フェイクニュース問題」とは言えない。なぜなら「フェイクかどうか」を判断する基準がもはや存在しないからだ。だからフェイクニュース問題ではなく、オルトファクト(Alternative Fact)という単語の方が適しているかもしれない。

 オルトファクトは、最適な日本語訳がないが、「もうひとつの事実」というような意味だ。代替的事実、と訳しているメディアもある。どちらにしても、あまり据わりが良くない。なので本記事ではオルトファクトと暫定的に記述することにする。

 オルトファクトという言葉はもともと、トランプ政権の大統領顧問であるケリーアン・エリザベス・コンウェイが、テレビ番組で(たぶん苦し紛れに)使ったのが発祥だ。

 どういう場面だったかというと、ご存知のようにトランプ大統領は就任の時から人気がなく、大統領就任式にはあまり人が集まらなかった。しかしトランプは「そんなことない! たくさん集まっていた! 150万人はいた」と推定25万人という報道を否定し、ショーン・スパイサー報道官も記者会見で「就任式の観衆としては文句なく過去最大だった」と説明した。

 これについてコンウェイがテレビ番組で追及され、「報道陣はスパイサーの発言を虚偽だというが、彼はAlternative Facts(もうひとつの事実)を述べただけだ」と釈明した。

 この放送が話題を呼んで、あっという間にインターネットで拡散。その辺りの様子は、ウォール・ストリート・ジャーナル日本語版の「トランプ政権の『事実』と『代替的事実』」という記事に紹介され、Alternative(もうひとつの)という単語の使い方についてもわかりやすく解説されている。


©iStock.com

「オルトファクト」に対抗する方法は?

 コンウェイの発言から始まったこの言葉はSNSで揶揄的に拡散されたのだが、しかしオルトファクトという言葉は意外にも今の状況を的確に説明しているように思えるのだ。

 オルトファクトを揶揄的ではなく、今のメディアの状況に沿った形で定義すれば、こういうことになるだろう。言えば、「依拠している党派や立ち位置によって、何が事実かが異なってしまう状況」。

 このオルトファクトの先に、どういう未来が待ち受けているのだろうか。フェイクニュースに対抗するためにはファクトチェックが必要だとも言われたが、オルトファクトにファクトチェックが対抗するのは難しい。そもそもファクトチェックの基準が党派によって変わってしまうからだ。しかしいまのところ、他の対抗策は誰も思いついていない。

 そもそも「対抗策」という言葉自体が、矛盾を孕んでいる。なぜなら「フェイクニュースに対抗する」と主張した瞬間に、「あなたの方がフェイクではないか」と言われてしまうからだ。

 このようなカフカ的状況をどう打破するのか。たいへんな時代がやってきたものである。

(佐々木 俊尚)