平和学の父、ヨハン・ガルトゥングが日本人に向けて緊急出版した『日本人のための平和論』。その内容のエッセンスをキー・ワードによって紹介するのがこの連載の趣旨である。前2回は外交や安全保障の面からガルトゥング平和論を紹介したが、連載3回目は心理・文化・思想の面から紹介する。

世界にはなぜ戦争があるのか? なぜ隣国を警戒するのか? 国と国は過去の歴史を乗り越えることができるのか? 平和は実現可能なのか?

右派からは左派に見え、左派からは右派に見えることがある、ガルトゥング平和論の内側をのぞいてみよう。(構成・御立英史)

ロシアを恐れるノルウェー人、中国を恐れる日本人

隣国を恐れる心理を、ガルトゥングはロシアを恐れるノルウェー人の例を使って説明する。ヴァイキングの国ノルウェーは、西暦950年頃、隣国ロシアに攻め込み、一地方を征服した。それから千年を超える年月が経ち、ノルウェーでは歴史家以外だれもそんな事実を知らなくなっているというのに、ノルウェー人はいまでも、いつかロシア人が復讐してくるのではないかと恐れているというのだ。

ノルウェー人が大昔に東の巨人ロシアに行ったことで感じている恐れと、日本人が西の巨人中国に行ったことで感じている恐れには、多くの点で共通点がある。「私たちは彼らを攻撃したことがある。彼らは報復を計画しているにちがいない。ゆえに彼らは危険だ」。そのような感情をパラノイア(偏執症)と言う。より正確に言えば国家レベルの集団的パラノイアである。(p.75-76。以下ページ数はすべて『日本人のための平和論』)

「深層文化」とは?

ベトナム戦争が終わったとき、ガルトゥングは、米国は軍事的暴力で世界を動かすことはできないという教訓を学ぶだろうと予想した。しかし、その予想は外れた。ベトナム戦争終結10年後の1985年にプリンストン大学の客員教授に招聘されたガルトゥングは、エリート大学の中から、米国が手痛い失敗から学ばなかった理由を考えることにした。そしてそこで、一国の国民をある方向へと推し進める力の存在に気づき、それを深層文化(deep culture)と名づけた。

米国の好戦性を掘り下げていくと、文化や文明のあり方を問うことになり、最終的には私が「深層文化(ディープ・カルチャー)」と呼ぶものに行き当たる。米国の行動を支配する「隠された筋書き」と言ってもよいだろう。
私はこの米国の深層文化のことを、それを構成する要素から、DMAという名前でも呼んでいる。二元論(Dualism)、マニケイズム(Manichaeism)、ハルマゲドン(Armageddon)の頭文字を取ってDMAである。(p.149)

ガルトゥングはプリンストン大学で客員教授を務めていたときのエピソードを紹介している。

ある日の授業で、ベトナム戦争の死者数をたずねたことがある。一人の学生が手を挙げ、自信ありげに5万8000人と答えた。私は同じ質問を繰り返した。「いま答えたじゃないですか」と別の学生が言った。私はもういちど同じ質問をした。すると女子学生がおずおずと発言した。「もしかして、質問はベトナム人の死者の数ですか?」。ご名答。私はまさにそれをたずねていたのだ。(p.162)

死者の数を問われて自国の兵士の死者数しか思い浮かばないのは、おそらく米国のエリート大学の学生だけではない。戦争肯定の深層文化はどの国にも、さまざまな形で浸透している。平和学はさまざまな研究領域にまたがるが、芸術や文学からのアプローチにも力を入れており、『日本人のための平和論』でも紙幅を割いて論じられている。

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