関東大学リーグでも主審を務めた西村氏。岩政氏が所属していた東京学芸大の試合でも笛を吹いていた。写真:佐藤明(サッカーダイジェスト写真部)

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 サッカーの未来について考える。語る。
 対談連載の第2回は、レフェリーの西村雄一さんにお話を伺いました。

 私が大学生だった時のとある試合でこんなことがありました。
 
 血気盛んな若造だった私は、いつもレフェリーに食ってかかっていて、その試合でも幾度となく抗議を繰り返していました。すると、何気ないプレーだったと記憶していますが、私はPKを取られました。納得できない私はレフェリーを睨みました。そのレフェリーは毅然とした目で私を睨み返し、頑として突き放しました。そのPKで私たちは試合に敗れました。
 
 プロに入り、数年が経過した頃、私はふとその時のレフェリーが西村さんだったのではないか、と思う瞬間がありました。何度か確認しようかと思ったこともあったのですが、決して美しくない思い出でしたし、なんとなく聞く勇気も湧かずにいました。
 
 私がレフェリーとの接し方を変えていったのがその頃でした。同時に、西村さんの選手との接し方も変わったように感じました。
 
 お互いが自分と向き合うなかで気づいていったものが同じな気がして、私は勝手に、西村さんとともに成長してきたという感覚を持つようになり、お互いをリスペクトする感情のなかで、一緒に試合を”作る”関係になっていきました。
 
 しかし、これらも選手とレフェリーという関係上、確認することなく、今日まで至りました。
 
 私の片思いではないか。そもそも最初の記憶が間違えているのでないか。
 
 いつか伺ってみたいと思っていた長年の疑念を解決する場を用意していただきました。
 
 西村さんが世界のトップレベルに上り詰めていくなかで見えてきたもの。向き合ってきたもの。そこには、選手とレフェリーの関係の未来、日本サッカーの未来、そして人と人にあるべき不変の未来がありました。
 
 あまり知られることのない、レフェリーの目線や本音にも迫りました。ピッチの中の世界をちょっとだけ覗いて、想像してみてください。
 
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岩政大樹 現役選手と現役レフェリーの対談は斬新だと思ってオファーさせていただきました。このインタビューを受けるにあたって、”リスク”は考えましたか?
 
西村雄一 いや、まったく考えませんでした。レフェリーに対する世の中のイメージと、仕事の実情に差があると感じていたので、そのギャップを埋める機会がいただけたら全力で取り組みたいと思っていたんです。今日は感謝しています。
 
岩政 ずっとお聞きしたかったんですが、私が大学生の頃、西村さんは関東大学リーグで笛を吹いていませんでしたか?
 
西村 吹いていましたね。
 
岩政 やっぱり、そうですよね。Jリーグでプレーしている時に確認するのもあれかなと思って、今まで聞いていなかったんです。
 
西村 大学の頃に笛を吹かせてもらった選手は結構います。川崎の中村憲剛さんもそうでした。岩政さんと同じくらいの年齢ですよね?
岩政 そうです。私の一学年上です。
 
西村 日本のレフェリーが成長していく過程で必ず大学リーグを担当する時期があります。中村憲剛さんも「中央大時代からずっと見ていた」と伝えたら、「えっ!」と驚かれました。
 
岩政 私はプロになって途中で気づきました。西村さんには、大学の時にもお世話になったな、と。
 
西村 気づかれたタイミングで、岩政さんの対応も少し変わったんじゃないですか?
 
岩政 西村さんに気づいて変わったというより、ちょうど私自身がレフェリーへの接し方を変えた時期でした。私の大学時代は覚えています?