絶版から15年!孤高のスポーツカー「RX-7」を振り返る

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2002年8月。

トヨタスープラ、日産スカイラインGT-R、日産シルビア、そしてマツダRX-7という、多くの日本人を熱狂させたスポーツカーが製造中止となりました。

理由は2000年(平成12年)10月に施行された排ガス規制。CO、HC、NOxについて、昭和53年の排ガス規制値に対して約70%減を義務付けた内容で、当時の大排気量スポーツカーやターボモデルはこの規制をクリアできなかったのです。

もちろんファンは存続を熱望しましたが、メーカー各社はエンジンや触媒を新開発しても採算が取れないと判断しました。以降、これらは中古車でしか買うことができなくなりました。

あれから15年。今月は惜しまれつつも歴史に幕を閉じた名車たちの中から、唯一ロータリーエンジンを搭載したマツダRX-7の歴代モデルがどのようなクルマだったかを振り返ってみましょう。

■サバンナ(1971年)〜ハコスカGT-Rを撃沈した伝説のロータリーモデル

RX-7を振り返るとき、サバンナを外すことはできません。マツダが量産に成功したロータリーエンジンを搭載したコスモスポーツ。文字通り宇宙船のような流麗なクーペでトヨタ2000GTと並び大きな注目を集めましたが、価格も高く、一般人はとても手が出せるものではありませんでした。資料によるとコスモスポーツの販売台数は1176台。これではロータリーエンジンの莫大な開発費用を回収することができません。そこでマツダはロータリーエンジンをファミリアやルーチェ、カペラなど、他の車種にも搭載していきます。サバンナもそのひとつです。

サバンナはセダンとクーペがラインナップされ、後にスポーツワゴンも追加されました。搭載されたロータリーエンジンは10A型。コスモスポーツに搭載され、その後量産性を高めてファミリアロータリークーペに搭載されたものです。サバンナクーペのエンジンは最高出力105ps/7000rpm、最大トルクは13.7kg-m/3500でした。

サバンナはデビュー後1カ月で5406台を受注。そのとき下取りされたクルマの半数以上がマツダ以外だったと言います。

1973年のマイナーチェンジで低公害仕様である12A型エンジンを搭載したモデルをラインナップに加えます。

そしてサバンナを語る上で忘れてはならないのがレースシーンでの活躍です。1971年のデビューと同時にツーリングカーレースに参戦。12月12日に富士スピードウェイで行われた500マイル耐久レース「第6回富士ツーリストトロフィーレース」では加茂進/増田建基がドライブする15号車が5時間6分8秒88(周回数133周)で優勝。スカイラインGT-Rの50連勝を阻止したのです。翌年以降もレースシーンで活躍し、1976年には単一車種でレース通算100勝を挙げました。

 

■初代サバンナRX-7(1978年)〜リトラクタブルライトを採用した和製スーパーカー

サバンナの後継モデルとなる初代サバンナRX-7(SA22C)。サバンナはセダンやワゴンもラインナップされていましたが、SA22Cは流麗なクーペモデルとして登場しました。コンパクトなロータリーエンジンだからこそ実現できた低いボンネット。フロントライトはリトラクタブルなので、低さがより際立ちます。リアのガラスハッチも官能的。このスタイリングに若者はもちろん、年配者や子供たちも熱狂しました。

もちろんこのスタイリングは見せかけのものではありません。SA22Cはエンジンを前輪車軸の後ろ側に載せるフロントミッドシップを採用。これにより、空力に優れたボディ形状(Cd値0.36)を実現したのです。ちなみに前後重量配分は50.7:49.3となっていました。

搭載エンジンは直列2ローターの12A型ロータリー。最高出力は130ps/7000rpm、最大トルクは16.5kg-m/4000rpm。マツダが公表したSA22Cの加速性能は、0→400mが15.8秒、0→100km/hが8.6秒。当時は排ガス規制が厳しくなり、各メーカーが懸命に規制クリアに取り組んでいた時代。規制クリアのために馬力を落とすモデルも多かったといいます。SA22Cの加速力は、昭和53年排ガス規制をクリアしたエンジンとしては驚異的なものでした。

1982年のマイナーチェンジでは、NA以外にターボエンジンもラインナップに加わります。このエンジンの最高出力は165ps。数値的には2Lクラスのエンジンとそれほど差がありませんが、軽量・コンパクトなSA22Cターボモデルのパワーウェイトレシオは6.18kg/ps(NAは7.58kg/ps)に達しました。

■2代目サバンナRX-7(1985年)〜ライトウェイトから発展したマツダのフラッグシップ

初代RX-7は車両重量が1t前後しかない(前期のGT/5MTで980kg)、ライトウェイトスポーツモデルでした。2代目となるFC3Sは、ライトウェイトスポーツから本格スポーツカーへと大きく進化しました。80年代は国内メーカーがパワー競争を繰り広げていた時代。RX-7の変化にはそのような背景があったのでしょう。

ボディは初代よりも一回り大きくなり、車両重量は前期のGTリミテッド(5MT)で1280kgになりました。エンジンも排気量が654cc×2でインタークーラーターボを搭載する13Bにスイッチされます。最高出力は185ps/6500rpm、最大トルクは25.0kg-mにまでアップしました。エンジンパワーはマイナーチェンジのたびに高められ、最終的に215ps、28.5kg-mまで進化します。

このパワーを受け止めるため、トーコントロール付きのリアマルチリンクサスペンション、前後スタビライザー、4輪ベンチレーテッドディスクブレーキなどを採用しています。

FC3Sにはスポーツカー以外に、当時ブームだったスペシャリティカーとしての役割も与えられていたと思います。1987年には電動ソフトトップを装備したRX-7カブリオレが登場しました。ロータリーエンジンを搭載したオープンカーは、このモデルしかありません。

 

■3代目RX-7(1991年)〜280psに達したピュアスポーツ

1991年、マツダの販売チャンネルの一つであったマツダオート店がアンフィニ店に名称変更。FD3Sは、アンフィニRX-7としてデビューしました(1997年の途中からアンフィニが取れてRX-7という車名に)。艶めかしささえ感じるボディラインにため息が出たという人も少なくないはずです。

FD3Sの全幅は1760mm。つまり3ナンバーサイズになります。一方で全高は1230mmとFC3Sより40mm低くなりました。エンジンは低速域と高速域で別のターボを利用するシーケンシャルツインターボを搭載した13B。最高出力は255ps/6500rpm、最大トルクは30.0kg-m/5000rpmとなりました。さらにマツダは開発にあたり、オールアルミ製ダブルウィッシュボーンサスペンションをはじめ、徹底的な軽量化を行います。その結果、4.9kg/psという驚異のパワーウェイトレシオを実現しました。

FD3Sは一部改良やマイナーチェンジを繰り返しながら、その運動性能を高めていきました。モデルはデビュー時の1型から最終の6型に分類されます。4型(1996年1月〜)ではMTの最高出力が265psにアップ、ここでテールランプが丸型3連タイプに変更されました。

さらに5型(1999年1月〜)でタイプR、タイプRS(ともにMTモデル)の最高出力が280psに達します。2002年4月には最終限定車となるスピリットRを発売。スピリットRにはタイプA、タイプB、タイプCが存在し、タイプA(新車時価格399.8万円)は現在でも中古車市場で300万円台後半以上の値がついています。

孤高のピュアスポーツだったRX-7は2002年8月に24年の歴史に幕を下ろしました。そしてロータリーエンジンの伝統は2003年4月にデビューしたRX-8へと受け継がれます。そのRX-8も2012年6月に生産終了となりました。

 

■ロータリーエンジンは今も開発が進む

RX-7の絶版から15年経ったのと同時に、2017年はマツダがロータリーエンジンを初搭載したコスモスポーツが登場してから50周年となる節目の年でもあります。ロータリーエンジン搭載車がなくなった現在でもマツダはロータリーエンジンの研究開発を行っていることを公言しています。

次世代ロータリーエンジン<SKYACTIV-R>の搭載予定などはまだ不明ですが、2015年の東京モーターショーではロータリーエンジンを搭載するコンセプトカー「Mazda RX-VISION」を公開しました。今年の東京モーターショーではどんな驚きを私たちに与えてくれるか、今から楽しみです。

 

(取材・文/高橋満<ブリッジマン>)