人事だけじゃない 広がる「脱評価」の動き

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「働き方改革」一色のビジネス界で、「No Rating」という言葉が散見されるようになった。人事評価のランク付けをなくすというものだ。点数による評価や競争と、従業員のパフォーマンスや収益は相関するのかという疑問から始まった。実は、この「脱評価」の発想は人事評価にとどまらない。いろいろなところに広まっているのだ。

見極める、審査する、選定する、定義する。その多くは、その道を極めた経験者たちによって行われる。でも、待てよ。そういう人たちの常識が、万一、古かったら? ご意見番たちの先入観や思い込みで、革新的な才能の芽を摘み取っていたら?
 
こうした根源的な問いに対して、評価などすっ飛ばして、とにかく思いついた発想をアウトプットに直結させることで、真新しい価値を獲得する、そんなチャレンジがいま始まっている。
 
伝統と革新、権威と反抗が拮抗するファッション業界で、昨年から賛否両論を巻き起こしているのが、SEE NOW, BUY NOW(いま見て、いま買う)と呼ばれる新しいビジネスモデル。各地のコレクションで、シルエットやテキスタイルの変化以上に話題をさらったのは、その日のステージで発表される服に十分な在庫を用意し、僕らの望むものをそのまま届けるシステムだ。


2017年2月にLAで行われたレベッカミンコフのその名もすばり"See Now, Buy Now Fashion Show"。

長らく業界では、限られた一部から発せられるトレンド予想から、繊維工場が持つ素材の範囲でデザインされたものを、モデルがまとうのがセオリー。ランウェイで目にするのファッション誌の編集者やバイヤーで、僕たちユーザーではない。選ばれた一部の商品がファッション誌を飾り、僕らが袖を通す。このプロセスに半年以上かかる。

そんな時代は終わったとばかりに、トム フォード、ラルフローレン、バーバリーなど世界的なブランドが、可能な限り早くダイレクトに僕らとつながる挑戦を始めている。
 
審査や定義の過程を脱して、新しさを得ようとするつくり手のスタンスには、当然抵抗勢力も存在し猛烈な批判も。業界を超えて議論が沸騰している。まさにこの状態こそが、健全な革新のプロセスだろう。YouTubeもウーバーも初めはめちゃくちゃに叩かれた。
 
ホテル業界にも例を見つけた。同僚が教えてくれたのは、多様なコンセプトのホテルがいまも生まれ続けるニューヨークにあって、面白い挑戦をしているTHE QUIN。

過熱するデザイン競争では勝ち目が薄いと踏んだオーナーは作戦を変更。ホテルロビーの装飾となる絵画をユーザーが買えるものにした。買い手がつけば、タイトル横に赤い丸のシールが貼られ、展示終了後には買い手に発送されていく。

ホテル側が自らのシンボルとして、高い絵画を仕入れるとなると、アートの評価は難度が上がる。選択はコンサバティブになりがちだ。けれど、売り物にしてまた新しい作品を仕入れられるなら、キュレーションの自由度は増すし、空間も常にフレッシュになる。この取り組み、一見の旅行者にもリピーターにも好評のようだ。

世界的な家具量販店のイケアが、数年前から開催している「ソフトトイコンテスト」も大人たちの「こうあるべき」をスキップしている。

12歳までの子どもが考えたキャラクター案の、絵の形・色をそのままに、年間10種類がぬいぐるみになって、世界中のイケアで実際に販売されるプロジェクト。子どもたちの無限大の空想に手を入れずに形にしていくからこそ、毎年どんなものになるか気になるのだ。

3年で10万点以上の応募があり、販売が軌道に乗っているだけでなく、寄付も行われている。この活動、子どもに選ばせたり、あるいは応募作品のなかから無作為に抽出した10個を形にしたりすると、さらなる不思議と出合える気がする。


応募だけでも10万点超。イケアのコンテスト。大人には思いつかない絵が送られてくる。

ビジネスの世界では、No Rating(人事評価の廃止)にシフトが進んでいる。

人事評価において点数をつけることをやめる動きは、すでにトップ企業の半数に迫る勢いだ。

日本企業がお手本にしてきたGEの人事制度の代名詞となっていたのは、「業績結果×バリュー発揮」の2軸をそれぞれ3段階に分けた9ブロックの評価方法だが、これをGE自身が取りやめた。9段階の格付けで有名だったゴールドマン・サックスも、数値での評価を廃止。マイクロソフトが個人能力評価からチームパフォーマンス重視にシフトしたこともニュースになった。

もちろん、やめたらうまくいくというほど簡単なものではない。変化への対応においては、数値的基準による意思決定が生むチャンスロスは決して小さくないと、大企業の多くが考え始めているということだろう。
 
僕たちが、評価社会で生きることは、簡単には避けられない。いまだに、アワード審査においてその道の権威が重用されている業界も多い。一部の専門ジャーナリズムの評論がユーザーの選択の多様性を奪っているケースもあるだろう。言語や文化の交錯するグローバル経済のなかでは、財務評価が経営における優先指標になるのも必然だ。

もちろんそれらは、平等性や公正さのうえで正しい。厳しい制約や審査によって生まれる強いアウトプットもたくさんあるし、審美眼に鍛えられて成長し、安心や信頼を培う技芸や製品・サービスもある。
 
一方で、その道に詳しいプロたちには、常識や当たり前という名の思い込みが存在する。

それは、経験の豊かさゆえに生まれる澱(おり)として僕らの足元に静かに堆積する。だから、時には足元をかき回して、評価から解放されよう。人材だけでなく、世相やデザインやプロダクトやサービス、そしてそのアイデアそのものを生み出す際にも、まずはアクションを起こす、形にしてみる、世に問うてみる。そんな挑戦を、日々のアウトプット作業のどこかに取り入れてみてはどうだろう。

森口哲平◎2002年電通入社。経営層のプレゼンサポートを行う「Team CUE」をサービス化。3年前より、企業のR&D・事業部門とともにサービスデザインを推進するチーム、XDSを立ち上げる。