やっぱりお酒は楽しい(写真:アフロ)

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 イギリスでアルコール摂取と脳の認知機能についての研究結果が報告された。「酒は百薬の長」はもう昔話になってしまうのか。食文化に詳しい編集・ライターの松浦達也氏が解説する。

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 国内における禁煙志向や「たばこ=悪」というイメージが定着した近年、「たばこの次(にやり玉に挙げられるの)は酒ではないか」という声が聞かれるようになった。そうした環境下では嗜好品に対するネガティブなニュースは大きく取り上げられやすくなる。

 先日、イギリスで「アルコール摂取が多いほど脳の認知機能が下がる。”適量”だとしても脳機能は低下する」という研究結果が報告された。「週に30杯以上、飲酒する人は飲まない人に比べて5.8倍も海馬が萎縮しやすい」という調査結果に左党(という言葉も、死語になるのだろうか)が衝撃を受けたのはつい最近のことだ。

 もともと飲酒習慣と脳の萎縮や認知機能の低下に因果関係があるとい説自体は知られていたが、近年までは「適量であれば(さほど)問題ない」という説が一般的だった。

 僕自身も去年脳ドックを受診で酒量の問診を受けたとき、医師から「飲みすぎると脳が萎縮するよ」と脅されたが、「肝臓の値は大丈夫だから、適量なら毎日飲んでいい」とも言われた。少なくとも昨年末までは国内にそうした意見の専門医も存在したのだ。

 ところが、今回の論文で発表されたように「適量でも脳機能は低下する」「よくアルコールを摂取する人ほど、長期的には認知機能が低下しやすくなる」となると、どこで線を引くかは非常に難しくなる。結論としては「飲まないに越したことはない」が圧倒的に正しくなってしまうからだ。

 もっともそれは「脳の萎縮」という機能面だけを切り取った話で、「脳萎縮=認知症」と単純にとらえられるものでもない。大量に飲酒する習慣のある人に脳萎縮が高い割合でみられるのはほぼ間違いのない事実として捉えられているが、飲酒量と認知症のリスクの関係については違う研究結果も存在する。その研究では、認知症のリスクがもっとも少ないのは350mlの缶ビール1本相当のアルコールを週に1〜6本程度摂取した層だというのだ。

 海外の研究を調べてみると、フィンランドやハワイなどの調査では、非飲酒層よりも、たまに嗜む程度の低頻度飲酒層のほうが、認知障害リスクは低いという調査結果もある。飲み過ぎがよくないのは間違いないとしても、アルコールは少量であっても害であると言い切るのはいささか乱暴な段階なのもまた事実なのだ。

 それよりも昨今、気になるのは、今回のように「酒で脳萎縮」という研究結果が発表されると「脳萎縮ということは認知症」「アルコールは体に悪かった」という論調一色に塗りつぶされてしまうことだ。

 例えばこの世から飲酒や喫煙の習慣がなくなり、人類がいま以上の健康を手に入れたとしても、脳の萎縮や認知機能の低下はいずれ加齢によっても進むのだ。

「飲みゆにけーしょん」とか「酒は百薬の長」という言葉にも象徴されるように、酒はコミュニケーションの円滑化などQOL(※)向上に寄与してきたはずだ。嗜好品と健康にまつわる研究は、体に及ぼす機能面が中心となるのは当然だとしても、ライフスタイルとしてはどんな健康・長寿も、QOLが伴わなければ味気ないものになってしまう。

【※クオリティ・オブ・ライフの略。人生の質や社会的生活の質を指し、人がどれだけ人間らしい生活や自分らしい生活を送り、人生に幸福を見出しているかを尺度としてとらえる概念】

 たばこを辞め、酒を断つ。禁欲的な暮らしで健康長寿を追い求めても、いずれ加齢は身体や脳の機能を衰えさせていく。充実した「QOL」とは一体どういうものなのだろうか。きっとそこにわかりやすいたったひとつの「正解」はない。