昨季のMVPとして倉敷氏はGKオブラクを、玉乃氏はMFガビを挙げる【写真:Getty Images, 中澤捺生/ジュニアサッカーを応援しよう!編集部】

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尋常ならざる負傷者続出。際立ったシメオネの「すさまじさ」

 まもなくヨーロッパサッカーの新シーズンが開幕する。3強による覇権争いが年々激しさを増しているリーガエスパニョーラでは、昨季も熾烈なタイトル争いが繰り広げられた。今回はディエゴ・シメオネ監督に導かれ、4年で3度目のCLベスト4進出を果たしたアトレティコ・マドリーの16/17シーズンを、サッカー実況でおなじみの倉敷保雄氏と独特の語り口で人気を集めるサッカー解説者の玉乃淳氏に分析してもらった。(解説:倉敷保雄、玉乃淳/構成:フットボールチャンネル編集部)

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ーー今回は昨季のアトレティコ・マドリーについてお伺いします。リーグ戦ではレアル・マドリーとバルセロナに次ぐ3位でしたが、ディエゴ・シメオネ監督の下、4年で3度目のCLベスト4進出を果たしました。

玉乃 補強がうまくいいかなかった面も含めて厳しいシーズンになったのかなと思います。立ち上がりも思わしくなく、よくここまで立て直したなと。CL準決勝の2ndレグで2点取った時(編注:1stレグはアウェイでレアル・マドリーに0-3の大敗を喫していた)は「いけるかな」と思いました。さすがシメオネ、すさまじいですね。

ーーその「すさまじさ」は具体的にどのような部分に見られるのでしょうか。

玉乃 ダイヤモンドの原石を見出し、磨く力ですね。ヤニック・カラスコもサウール・ニゲスもあそこまでの選手と誰が想像できたか。そんな彼らを世界レベルのスーパースターに押し上げた。後半戦はフェルナンド・トーレスも復活しました。

倉敷 シメオネ自身が短い契約しか結ばなかったというのもあると思いますが、去就に注目が集まっシーズンでしたね。ここ数年、レアル・マドリーと、特にCLにおける負けは今季も結局繰り返してしまいましたが、それはシメオネの気持ちを折るのに十分な出来事だったと思っているんです。中でも15/16シーズン決勝でのやられ方は、彼にとって相当ショックだったはずです(編注:延長戦も含めた120分間で1-1、PK戦の末レアル・マドリーに敗れた)。

 そういう中で昨季はモチベージョンが心配されていたんですが、アトレティコは開幕から好調だったんですよ。蘇ったんだと。何の問題もなかった。それが11月頃になるとまるで勝てない状態に陥って(編注:昨年10月23日のセビージャ戦に敗れてから、12月半ばまでのリーグ戦7試合で2勝1分4敗)、もう助けられない、シメオネはここで終わってしまうんだと本気で思っていたんです。怪我人続出など、不測の事態が続いた中でよくぞ立て直したなと。そこはさすがだと思いました。何があったのか、そこに一番興味がありますね。シメオネは魔法の言葉を持っている人間ですけれども、そんな魔法の言葉で戻ってこられるような状況ではないと思っていたので。

 結局ヘルマン・ブルゴスを中心としたコーチ陣と、シメオネが作っているファミリー、それからおそらくアルゼンチンの中に生き続けている「サッカーは人生だ」という取り組み方みたいなものがチーム自体を救った。アトレティコ、そしてシメオネの中にはファミリーとして立ち上がろうというような、技術や体力だけでは到底理解できないものがあるんだなと思いました。

 昨季のアトレティコは苦しみましたけど、一方で蘇り始めたという見方もできます。CLでまたしてもマドリーに屈しましたが、久しぶりにCLにおける負の歴史を止めた、最後に勝ったんです(編注:CL準決勝2ndレグのレアル・マドリー戦に2-1で勝利)。

 昨季の1年間でマドリーに公式戦で勝ったチームは世界に5つしかないんですよ。セビージャ、バレンシア、バルサ、セルタ、そしてアトレティコでした。つまりあの強いマドリーに勝てるチームはリーガ・エスパニョーラにしかない。CLで勝ったチームはひとつもないんですから。

 尋常ならざる数の負傷者に悩まされて無事だった選手がほとんどいない状況で、シメオネらしいサッカーを続けることができて、なおかつこの先がありそうな予感がする。そう考えるとアトレティコにとって悪いシーズンではなかったんじゃないかなというのが僕の総括です。

MVPは精神的支柱と絶対的守護神

ーーアトレティコにとって昨季のターニングポイントは、やはり全く勝てなくなってしまった10月から12月頭にかけてでしょうか。

倉敷 その後はほとんど負けていないんですよ。よくやりくりしていたなと思います。“Partido a partido”(編注:日本語訳すると「試合から試合へ」の意味になる、シメオネが頻繁に使用する表現)という言葉があって、それはシメオネに言わせると人生なんだと。目の前のフットボールを生きていくということは、すなわち人生を生きていくということだから、日々を大事に生きていけば明日は必ずやってくるよ、という彼の考え方が浸透したんでしょうね。

 ルイス・アラゴネスの時代からアトレティコに伝わっているアイデンティティを、かつてバルサでペップが掘り起こしたように、シメオネが選手たちに示した。誰よりもサッカー選手、あるいはサッカーチームの監督のサイクルということを疑っていたシメオネが、もしかしたら自分の中で何か結論を見つけたのかなというシーズンですね。

玉乃 サッカー自体に新しさはあまりないです。今まで通り。昨季はより攻撃的にいこうとして失点が増えてしまったと思うんです。目標はCL優勝とリーガのタイトルを獲ることなんで、やるしかないですよね。アトレティコは1部に残るのが精一杯のクラブだったのに、今は課せられている任務が大きすぎて本当に大変だと思います。他のビッグクラブに比べてそんなに予算があるわけではないですし。

倉敷 シメオネはいつも「自分たちが獲得していないタイトルがあることがモチベージョンなんだ」という方向にもっていきますよね。勝てないことが次の目標に我々を奮い立たせると。

ーーそんなアトレティコから昨季のMVPを選ぶとしたら誰になるでしょうか。

玉乃 ガビですね。ほぼ怪我もなく中盤をタフに支えました。一昨季のCL決勝のガビは試合を通してNo.1だったと思います。めちゃくちゃタフでしたね、あんなにタフだったんだと改めて気づかされるくらい。そのタフさが昨季に入っても続いていましたよね。チームの精神的支柱という意味でもMVPに挙げたいです。

倉敷 僕は断然(ヤン・)オブラクですね。2年連続サモーラ賞ですよ。彼の安定感なくしてシメオネのサッカーはない。アトレティコはいいGKをどんなに失っても、必ずいいGKを見つけてくるのはすごいと思いますね。ここ数年はバルサも見習った方がいいんじゃないのか、というくらい(笑)

「フェルナンド・トーレスは神」(玉乃)

ーー控えのミゲル・アンヘル・モヤもいい選手ですし、以前在籍していたティボ・クルトワ(現チェルシー)やダビド・デ・ヘア(現マンチェスター・ユナイテッド)もアトレティコから巣立って素晴らしい活躍を披露しています。

倉敷 今はGKコーチではありませんけど、元リーベル・プレートのGKであるヘルマン・ブルゴスがどんな話をするのか。彼はシメオネと一緒にお金をもらってやっていますけど、アトレティコには無職の時から来ていたそうです。「水曜日のブルゴス」か「木曜日のブルゴス」か忘れましたけど、あだ名がついていて、ユースの練習にフラッとやってきて勝手にコーチして帰っていったんですって。今アトレティコにいる選手の何人かはその頃からブルゴスに面倒を見てもらっていたと思います。彼もまたアトレティコと共に生きているんですよ。

ーーアトレティコの象徴的な選手であるフェルナンド・トーレスも、シメオネの下で復活しました。ファンにとっても嬉しいことですよね。

玉乃 いやー、嬉しいでしょうね。多少調子が悪くてもトーレスだけはシメオネやアトレティコという、クラブを超えた存在なんです。リバプールへ移籍した後もアトレティコのロッカールームやホペイロの部屋はトーレスのポスターが張られていました。スタジアムへ行くと、必ずトーレスの話になるんですよね。それくらいクラブにとって大きな存在で、トーレスはある意味で神ですよ。

倉敷 フェルナンド・トーレスって昔のアルゼンチンにいた選手とすごく似ていると思うんですよ。アルゼンチンでは若手が下部組織からトップチームへ上がってくるときに、いわゆる「インチャ」と呼ばれる熱心なサポーターたちが、「ほら指輪やるよ」「時計やるよ」といって手なずけておいて、大きく育った時にたかる風習があるんですよ。

 玉乃さんは知っていると思うけど、トーレスはアトレティコの下部組織の時に「もらいまくっていた」子なんですよ。アトレティコのコアなサポーターの中にはトーレスに恩を売った人がたくさんいるので、彼がが残留したり重要な人物になったりすると嬉しくて仕方ないんですよね。もしクラブW杯にアトレティコが行くとしたら、「トーレスが飛行機代を半分出してくれる」とか、そういうことを考えているかもしれないくらいの人がたくさんいると思います。

玉乃 もう絶対うれしくて仕方ない。「トーレスが出ていくならソシオをやめる」という人もたくさんいると思いますよ。

少年時代から別格だったF・トーレス。“親友”玉乃が明かす秘話

ーー玉乃さんはアトレティコのユース時代にトーレスが何かをもらっているのを目撃したことありますか?

玉乃 物はわからないですけど、トーレスにひたすら愛情をあげていましたね。今、ここぞとばかりにその人たちが出てきている。「俺がトーレスを育てた」と言っている人がたくさんいますよ。ここにもいるし。極東で親友だと言って(笑)

 12、3歳からそれくらい愛されていましたから。僕はトーレスと同じ高校に通っていたんですけど、校長先生だって鼻が高いと思いますよ。校長室はトーレスのサイン一色ですからね。アントニオ・ロペスとか、バスケの選手とか、歴代のOBに他にも有名な選手がいるはずなんですけど、トーレスは別格です。自慢の値段としてはレベルが違う。

倉敷 最終節で2点取るところがまた憎いよね。ビセンテ・カルデロンでの最後のホームゲーム(編注:リーガ第38節 アスレティック・ビルバオ戦。3-1で勝利)で、先に2点を取ったのがトーレス。普通はあんなことできないですよ。持ってますよ、本当に。しかも、いつもなら外すだろうシュートをちゃんと決めている。「エル・ニーニョ(神の子)」という特別なあだ名にふさわしいものを持っていますよね。

玉乃 ただ、シメオネだけはトーレスに対して懐疑的な目を向けていて、うまくいっていないような雰囲気を僕は感じてましたね。

倉敷 シメオネって2トップにすごく厳しいんですよ。4-4-2がすごく好きなんだけど、その「2」の守備に関してはすごくうるさく言うけど、トーレスは守備をしないじゃないですか。シメオネにはそういう選手と別れてきたっていう歴史があって、守備に対するリクエストは相当厳しいと思いますよ。

玉乃 クラブとは相当もめたんじゃないんか、ということは想像できますよね。

ーーだからこそ(アントワーヌ・)グリーズマンと(ケビン・)ガメイロの2トップがファーストチョイスだったのでしょうか。

倉敷 そういうことだと思います。アトレティコはポゼッションを捨てたサッカーで、ボール支配率40数%で強敵に勝てると面白いというか、他にはなかなかない。それでガチガチに守るのかというと、そうではないけど上手に守って点を取ってしまう。そういうサッカーだとサボる選手が1人でもいたり、退場者を出したらうまくいかないんですよね。

新スタは「できるできる詐欺」!? 新シーズンのシメオネに求められるもの

ーー絶対的エースとして期待されたグリーズマンのパフォーマンスはいかがでしたか? 移籍が噂されながら先日契約延長と残留が発表されました。

玉乃 スペシャルでしたね。でも、歴代の選手たちと比べるとまだまだだと思います。ジエゴ・コスタのほうがよかったという人は少なからずいると思うので、もう一回頑張らないとって感じですね。

倉敷 彼は先日謝罪していましたけれども、かなりの確率で残らないと言っていた人間が果たしてサポーターに愛されるのかというのは、なかなか難しいところです。特にアトレティコのサポーターはその辺厳しいですからね。「残ってくれて嬉しいけど、とりあえずお前を今褒めるわけにはいかない」というのがアトレティの本音だと思います。グリーズマンは本当に頑張らなければいけませんよ。

ーー新戦力としてグリーズマンの相方を務めたケビン・ガメイロはいかがでしょうか。途中で負傷離脱があったとはいえ、適応が難しいスタイルの中で二桁得点を達成しました。

玉乃 最後まで完全なるレギュラー定着には至らなかったと思うので、成功とはいえないシーズンになってしまったのかなと。(セルヒオ・)アグエロから始まり、(ディエゴ・)フォルランがいて、ファルカオがいて、ジエゴ・コスタがいて…そしてガメイロがインパクトを残せたかというと、少し物足りなさはあります。比較対象がすごすぎるのでかわいそうな面もありますけどね。

倉敷 ガメイロに関しては、フランス代表が得をしたのかなという気はします。クラブでグリーズマンとガメイロのコンビというオプションが勝手にできたのはありがたかったんじゃないかな。アトレティコにとってどうだったのか…というと僕も玉乃さんの意見に同感です。

ーー新シーズンは本拠地がビセンテ・カルデロンから新スタジアムへ移ります。補強禁止処分もあって厳しい戦いが予想されますが、今季はどんな1年になるでしょうか。

倉敷 新しいスタジアム、まだできてないでしょ。9月に間に合うのかな。

玉乃 できるできる詐欺ですもんね、あのスタジアム。もう何年押してますかね。

倉敷 元々は2020年のオリンピック招致に向けて計画されたスタジアムであり、実はもうひとつ前のオリンピック招致を目指していた時にも開催の候補地になっていた。だからリオデジャネイロオリンピックの前にできていなければいけないスタジアムがまだ完成していない。さすがですよね。

玉乃 そして、みんなオリンピックに全く興味がないという(笑)

倉敷 玉乃さんは選手をやっていたからわかると思いますけど、同じことをずっとやっていると飽きるんですよね。「この監督から学ぶものはない」と思った瞬間から言うことを聞かなくなる。選手は寿命が短いから、楽しいことをしたいし、新しいことをどんどん覚えたいんです。そういう意味ではシメオネも工夫して、選手たちに新しいものを示さなければいけないというのは常にあると思いますよ。

(解説:倉敷保雄、玉乃淳/構成:フットボールチャンネル編集部)

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