DNA鑑定の結果、ダリの唯一の落とし子と認定されれば莫大な遺産の相続権が(depositphotos.com)

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 スペインのマドリード裁判所は、異能異彩の画家・彫刻家のサルバトール・ダリ(Salvador Dali)の一人娘と名乗る女性の申し立てを認め、ダリが生物学上の父親かどうかを判定するため、ダリの遺骨を掘り起こし、遺骨サンプルのDNA鑑定を行うように命令を下した(「AFP News」2017年6月27日)。

 ダリの一人娘と主張しているのは、スペイン北東部のカタルーニャ州ジローナ出身の霊媒師ピラル・アベル(Pilar Abel)さん(61)。

 報道によれば、アベルさんの母親は、カタルーニャ州カダケス付近の小漁村ポルトリガトに休暇に訪れたある一家のメイドとして働いていたが、その間にダリと関係を持った。カダケスはダリが長年暮らし、創作活動を続けたゆかりの漁師町だ。

 英テレグラフ紙によると、2007年にアベルさんは、ダリの娘である根拠を証明するために、ダリのデスマスクから採取した「毛髪」と「皮膚」の「DNA鑑定」を試みたが、父娘関係を証明するには至らなかったことから、2015年に父娘鑑定を裁判所に申し立てていた。

 裁判所の命令を受け、ダリの膨大な全遺産を管理するガラ・サルバドール・ダリ財団は「近日中に控訴する」と緊急声明を発した。

 アベルさんは「口ひげのないダリ」と自称し、ネット上でも「ヒゲをたくわえたら、ダリと瓜二つ!」と噂されるほどだ。DNA鑑定の結果、ダリの唯一の落とし子と認定されれば、アベルさんは、莫大な遺産の一部の相続権を手にするだろう。

妻ガラ・エリュアールが子宮を摘出したため授からなかった

 サルバドール・ドメネク・ファリプ・ジャシン・ダリ・イ・ドメネク(Salvador Domènec Felip Jacint Dalí i Domènech)。舌を巻きそうな冗長な名前の持ち主でもある、シュルレアリスムの巨匠は、1904年5月11日、スペインのフィゲラスに生誕する。

 1925年、21歳。マドリードのダルマウ画廊で初の個展後、パリでパブロ・ピカソ、アンドレ・ブルトンらと面識を得る。1928年、24歳。映画監督ルイス・ブニュエルと意気投合し、シュルレアリスムの金字塔『アンダルシアの犬』を共同制作。1929年夏、25歳。ロシア人のガラ・エリュアールと出逢い、1934年に熱烈ゴールイン。

 だが、結婚後、ガラは子宮を摘出したため、夫婦は子どもを授からなかったとされる。1982年にガラが死去すると、ダリは「人生の舵を失った」と落胆し、ジローナのプボル城に隠棲。1983年5月を最後に絵筆を折った。

 1989年1月23日、カタルーニャ州フィゲラスのガラテアの塔で心不全のため急逝。享年84。遺骨は、ダリ劇場美術館に埋葬されている。

 ダリは、自らの表現手法を「偏執狂的批判的方法 (Paranoiac Critic)」と自称し、写実的描法に多重多彩なイメージをコラージュし、超幻想的な風景画や超現実的なオブジェを好んで創作した。

 自伝『わが秘められた生涯』を読むと、鉛筆と紙を買いに出て魚屋に行った、地下鉄の乗り方・降り方を知らず泣き出した、作品をひもで体にくくりつけて歩いたなどの奇人変人ならではのエピソードが溢れている。自己顕示的な言動が多く、独裁者フランシスコ・フランコを公然と支持するなどの政治的な奇行は、ピカソら同時代の芸術家たちの反感や顰蹙を買った。

 だが、上向きにピンとはねたカイゼル髭、目を大きく見開いた顔は「シュルレアリスム」そのものとスペイン人の人気は、今なお熱い。生誕100年の2004年、世界各地でダリ展覧会が盛大に開かれている。

火葬された遺骨でDNA鑑定はできるのか?

 さて、ダリの遺骨のDNA鑑定に戻ろう――。

 問題は、火葬された遺骨でDNA鑑定はできるのか? 土葬ならできるのか? という点だ。

 遺骨のDNA鑑定は、骨の内部に残っている骨髄の造血細胞の中にあるDNAを抽出して鑑定する。遺体を火葬すると、造血細胞は500℃以上で完全燃焼し、DNAも千数百℃で破壊される。日本の火葬の炉内温度はおよそ600℃〜800℃、燃焼炎温度はおよそ2000℃なので、火葬された遺骨のDNA鑑定はできない。一方、遺体を土葬すると、骨が内部の骨髄の造血細胞を保護するため、骨髄やDNAが良好な条件で保存されやすく、DNA鑑定は可能だ。

 カトリックの国スペインは土葬がほとんどで、最近では火葬する人もいるが少なく、全体の10%ほどとされている。したがって、ダリの遺骨は土葬されているた確率が高く、DNA鑑定できるので、父娘鑑定の真偽が判明するのは時間の問題だろう。

 しかし、何十年も静かに眠っていた我が遺骨を掘り返され、骨の一部とはいえ剥ぎ取られた挙句に、シュールなDNAの鎖を晒し首みたく暴かれる。生きていたなら、大きい目を見開きながら、こう嘲笑するかもしれない。

 「ダリの作品(本性)は誰にもわからない。ダリにもわからない」と......。


佐藤博(さとう・ひろし)
大阪生まれ・育ちのジャーナリスト、プランナー、コピーライター、ルポライター、コラムニスト、翻訳者。同志社大学法学部法律学科卒業後、広告エージェンシー、広告企画プロダクションに勤務。1983年にダジュール・コーポレーションを設立。マーケティング・広告・出版・編集・広報に軸足をおき、起業家、経営者、各界の著名人、市井の市民をインタビューしながら、全国で取材活動中。医療従事者、セラピストなどの取材、エビデンスに基づいたデータ・学術論文の調査・研究・翻訳にも積極的に携わっている。

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