「ルーニーだけじゃない!『少年時代のチーム』に戻った大物選手たち」

写真拡大 (全6枚)

ウェイン・ルーニーの古巣エヴァートンへの復帰がついに決まった。

ここでは、『Squawka』による「キャリアの最後は少年時代に過ごしたクラブに戻ったレジェンド」を見てみよう。

マルク・オフェルマルス(元オランダ代表FW)

▼戻ったクラブ:ゴー・アヘッド・イーグルス

その強烈なスピードから愛情を持って「ロードラーナー」と呼ばれたオランダ人ウィンガー。ルイス・ファン・ハール監督のもとで支配的な存在だったアヤックスで名を上げた。

だが、彼は育成で名高いアヤックスのアカデミー出身ではなく、ゴー・アヘッド・イーグルスから獲得した選手だった。その後、アーセナルやバルセロナでプレー。

キャリアが下降し始めた時にも決してフィットネスは失っておらず、2008年にセンセーショナルな古巣復帰を果たした。1年間プレーし、その後は幹部職に(現在はアヤックスのフットボールディレクター)。

ヘンリク・ラーション(元スウェーデン代表FW)

▼戻ったクラブ:ヘーガボリ

そのキャリアを多くのゴールで彩ったラーション。故郷のクラブであるヘーガボリでキャリアを始めると、同じ街のライバルであるヘルシンボリに引き抜かれ、1年後にはフェイエノールトへと栄転した。

その後、セルティックで伝説となると、バルセロナではCL優勝に貢献してみせた。ヘルシンボリへ復帰した後にはマンチェスター・ユナイテッドへの短期ローンも経験。さらに、キャリアの最後にヘーガボリへ戻ると、息子ヨーダンとともにプレーした。

パブロ・アイマール(元アルゼンチン代表MF)

▼戻ったクラブ:リーベル・プレート

リーベルのアカデミーで育ち、トップチームデビュー後は4年に渡って素晴らしいプレーを見せた。その活躍によって、バレンシアに引き抜かれた。

メスタージャでアイドルになった後、サラゴサやベンフィカでもプレー。最後には再びリーベルへと舞い戻った。

フアン・カルロス・バレロン(元スペイン代表MF)

▼戻ったクラブ:ラス・パルマス

10年以上に渡り、デポルティーボ・ラ・コルーニャのシンボルだったバレロン。だが、彼の初恋の相手は故郷のラス・パルマスだった。

2013年にデポルを去り、古巣へ復帰。1部昇格に貢献し、その伝説性はさらに強化された。

マヌエル・ルイ・コスタ(元ポルトガル代表MF)

▼戻ったクラブ:ベンフィカ

世代随一の『10番』だったルイ・コスタ。バティストゥータとの夢のようなコンビで活躍したフィオレンティーナ時代に、名声を確立した。

だが、彼自身は自らを常にベンフィカで育成された選手だと感じていた。そして、ミランで失望を味わった後、古巣への復帰を決めると、プロとして最後の2年間で5ゴール8アシストを記録。現在はベンフィカでディレクター職にある。

ジョヴァンニ・ファン・ブロンクホルスト(元オランダ代表DF)

▼戻ったクラブ:フェイエノールト

彼もまた古巣に戻ってきたオランダ人のひとりだ。デビューしたフェイエに戻ってくるまでに、レンジャーズ、アーセナル、バルセロナなどでプレーした。

古巣で引退後、指導者に転身。オランダU-21代表のアシスタントを経て、フェイエではロナルト・クーマンらのアシスタントを務めた。2015年に監督に昇格すると、昨季はカップ戦、そして今季は18年ぶりのエールディビジ優勝をチームにもたらした。

アンドリー・シェフチェンコ(元ウクライナ代表FW)

▼戻ったクラブ:ディナモ・キエフ

一時はヨーロッパで最も恐れられたストライカーだったシェフチェンコ。ディナモ・キエフで評価を上げると、ミランに引き抜かれた。

その後、チェルシーでは苦しみ、衰えを見せ始める。だが、ディナモに復帰すると、最後の3シーズンで83試合30ゴールをマークした。

フアン・セバスティアン・ベロン(元アルゼンチン代表MF)

▼戻ったクラブ:エストゥディアンテス

1994年にエストゥディアンテスでプロデビューしたベロン。一旦現役復帰後、最近引退した。それは今年のことだ。

セリエAやプレミアリーグで活躍後、古巣からかけられた誘いはあまりにも強く、プロとしての最後の8年間(のべ)を捧げることになった。エストゥディアンテスでは、2度のリーグ優勝、そして2009年のコパ・リベルタドーレス制覇に貢献。

フランク・ライカールト(元オランダ代表MF)

▼戻ったクラブ:アヤックス

アヤックスでデビューし200試合以上に出場したライカールトだったが、指揮官クライフと衝突したことで退団を決意。スポルティング、サラゴサを経て移籍したミランでは、アリーゴ・サッキのもとで伝説の一員となった。

未完成の仕事を終わらせるためにアムステルダムに戻ると、ファン・ハールのもとで若手選手へのリーダーシップを発揮するなどすぐさま不可欠な存在に。

最後の仕事は1995年のUEFAチャンピオンズリーグ決勝。彼のパスを受けた当時18歳のパトリック・クライファートのゴールによってアヤックスは4度目の欧州制覇を果たした。

ヴィトル・バイーア(元ポルトガル代表GK)

▼戻ったクラブ:ポルト

これまで紹介してきた選手とは異なり、バイーアの場合はポルトから離れていた期間が短い。復帰するまでの2シーズンはバルセロナでプレーした。

古巣に戻ると、8年間に渡りゴールマウスに君臨。若きジョゼ・モウリーニョ監督のもとでもプレーするなど、計14個のトロフィーを獲得した。

この他にも、フアン・ロマン・リケルメ(アルヘンティノス・ジュニオルス)やダニエル・アッガー(ブレンビュー)らも、最後に古巣へと戻っている。