第73回:藤井聡太

大相撲名古屋場所(7月場所)が始まった。
横綱は元大関・魁皇が持つ通算勝利記録を目指して奮闘中だ。
そんななか、今世間で大きな注目を浴びている、
将棋界の「天才少年」藤井聡太四段について語ってもらった──。

 7月9日から始まった大相撲名古屋場所(7月場所)。4横綱のうち、4日目から鶴竜が、6日目から稀勢の里が休場してしまったのはちょっと残念ですね。

 私は、初日から白星を重ねることができています。心をかき立てているのは、魁皇関が達成した通算1047勝という偉大な記録に追いつき、できれば追い抜きたいという決意であり、意欲です(7月15日現在、通算1043勝)。

(優勝から5場所も遠ざかってきた)この1年は、特に1勝の重みを実感してきました。横綱になって丸10年。今は一番一番丁寧に、かつ横綱らしく星を重ねていければと考えています。その結果、記録を達成することができれば、言うことはありません。

 ところで、私の所属している宮城野部屋は6月中旬から行なっていた滋賀県長浜市での合宿後、少し早めに名古屋の宿舎に乗り込みました。名古屋の宿舎は、町中から少し離れた緑区鳴海町のお寺の中にあり、近隣にもお寺が点在していて、とても落ち着いた雰囲気です。

 お寺の高台にある庭に土俵を作って、雨よけのテントを張るのは若い衆の仕事です。ゆえに、大阪、名古屋、福岡と地方場所の場合は、稽古場を整えるのにも数日間の時間が必要となります。

 そうして稽古場が整えられて、本格的な稽古を始めたのは番付発表(6月26日)のあとでした。今年は早い時間から、稽古を見学するファンの方々が大勢いらしてくださいました。

 名古屋宿舎の場合、見学のマナーを守っていただければ、基本的には規制をしたりすることはありません。連日、土俵の周りに三重、四重にも広がったファンの方々の輪ができていましたね。強烈な日差しが照りつける日も多かったのですが、そんななか、ファンのみなさんは真剣な表情で稽古を見入っていました。われわれ力士としては、一層気合いが入りました。

 春場所(3月場所)から、ウチの部屋にも数名の新弟子が入ってきました。力士の数が増えて、稽古場の活気も高まっていることは、本当にうれしい限りです。


炎鵬(手前)に胸を出して稽古をつける白鵬

 また、先の夏場所(5月場所)で序ノ口優勝を飾って、今場所は序二段に上がった話題の炎鵬の存在で、三段目、幕下の兄弟子たちも「炎鵬には負けたくない!」という気持ちが強くなっているようです。その分、力士みんなの気迫がみなぎっていて、稽古場の雰囲気は一段と”熱さ”が増している気がしますね。

 私も、炎鵬にはできる限り胸を出して稽古をつけています。身長169cm、体重95kgと小柄ですが、この小さな体のどこにそれだけのスタミナがあるのかと、驚かされるほどのタフさを備えています。ですから、私もついつい指導に熱が入ってしまい、普段なら午前11時前後には終了する朝稽古を12時半ぐらいまで続けた日もありました。

 元気な若手が意欲的に挑んでくると、時間を忘れてしまうし、自分も「そのパワーに負けたくない」という気持ちになるんですね。そうやって、稽古で思いっ切り汗を流したあと、柔軟体操をしていると、土俵上にはスーッと心地よい風が通り抜けていきます。それがまた、充実感を覚えるひとときでもあります。

 宮城野部屋の若手にもぜひ注目してほしいと思いますが、今世間で最も脚光を浴びている”若者”と言えば、中学生プロ棋士の藤井聡太四段でしょう。

 11時間半にも及ぶ”死闘”を制して、公式戦29連勝という前人未到の記録を打ちたてた藤井四段。記録更新は30年ぶりの快挙というのですから、極めてすごいことだと思います。角界を代表して、祝福の言葉を送りたいと思います。

 本当におめでとうございます。

 モンゴルではチェスが一般的ですが、将棋はそれに近いのでしょうか? モンゴルで過ごした少年時代、私も家族や友人とチェスをして楽しんでいましたよ。

 それはさておき、藤井四段はまだ14歳ということですが、その強さを私なりに分析してみると、14歳なりの”純粋さ”と”鋭さ”が噛み合っているように思うのです。

 例えば、料理がテーブルに並べられたとき、大人はわりと一番美味しいものというか、一番好きなものを最後に食べようとするじゃないですか。けれども、子どもはまず、美味しいもの、好きなものから手をつける。

 そこに”計算”というものはありません。自らの欲望の赴くままです。藤井四段も同様で、大人特有の変な計算がないから、計算しすぎる相手(大人)はその純粋さに敗れてしまうのではないでしょうか。

 また、相撲では”勝ち”を意識しすぎると、体に余計な力が入ってしまったり、思うような動きができなかったり、ということがあります。だからといって、無欲、無心でいいのかというと、そういうわけでもありません。

 頭の中で”勝つ”イメージを描きつつも、平常心を保って、いつもどおり体が動くこと──それが、理想なのでしょう。でも、それこそ本当に難しいことですが……。

 藤井四段は今、そうしたスタイルで戦えているのだと思います。

 さて、話は名古屋場所に戻りますが、今場所も初日から満員御礼が続いています。それは、本当にありがたいことだと思っています。

 蒸し暑いこの季節ですが、大相撲をご覧になってくださるすべての方々のために、われわれ力士は日々全力で戦う覚悟です。どうぞ、千秋楽まで注目していただき、熱い声援を送っていただければ幸いです。

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