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text:Andrew Frankel(アンドリュー・フランケル)

軽さは正義 にもかかわらず重くなる

あなたの出身校が「ホグワーツ」なら別だが、ふつうは魔法の杖など持っていない。前進するには魔法に頼らぬ努力が必要だ。それこそ、自動車工学における真実だ。

では、たったひとつでクルマに求められる諸要素をすべて満足させる方法はないのだろうか。

優れた加速、高いコーナリングスピード、よりよいハンドリングやブレーキング、少ない燃費とエミッションが、一度に達成できる方法が。

おまけに、資源も節約できればいうことはない。もったいぶった言い方をしたが、その答えにはお気づきのことだと思う。魔法学校で学ぶことではない。

軽量化だ。

ロータスの創立者であるコーリン・チャップマンは、この概念を理解し、実戦した人物だ。

ただし、彼のそれは、活発な走りを追求するのみだった。彼が唱えた「シンプルに、そして軽く」と「パワーアップは直線での速さをもたらすもの」だという考えは、自動車業界の金言となっている。

チャップマン率いるロータスは、素材の量や厚さを減らすだけでなく、ドライブシャフトにサスペンションのリンクを兼ねさせるなど、ひとつの部品に可能な限り多くの機能を持たせた。

現在でも、この原則は有効だ。

381psのBMW X5 M50dと、136psのロータス・エリーゼ・スプリントのパワー・ウエイト・レシオがほぼ変わらないのである。どちらに乗りたいか? それはいうまでもない。

それなのに、クルマの重量は増加する一方だ。20年ほど前の世代と比べれば、優に1.5倍はあるだろう。その原因は、一体どこにあるのだろうか。

クルマが重くなってしまう3つの理由

大きく分けて、クルマの重量は増えた理由は3つあると思う。まず明らかなのは、ユーザーがクルマに多くを求めるようになったことだ。

分厚いクッションのシート、高い遮音性、ハイスペックなエンターテイメント機器など。快適性を装備に求めれば、当然ながら重量は増す。

次に、安全面の要求だ。クラッシュテストで高いスコアを出さなければクルマが売れなくなったのである。

そのため、衝突安全性を高める設計が採られるようになった。不思議なのは、事故が起きることを前提にして、補強やデバイスを追加する対処が主流だということだ。

医療現場では、予防医学の考え方が主流になりつつあるのとは対照的に、マーケティングの現場は、事故に直面したときの保険を求めたがる。そうした状況に陥らないための手段は、二の次に回されがちだ。

もうひとつは、先のふたつの結果ともいえる。

快適で、豪華で、衝突時に安全なことを求めれば、重量はかさみ、必然的にクルマは遅くなる。

では、それらを諦めて軽量化を受け入れるか、と問われれば、イエスと答えるユーザーは少数派だろう。

そこで、エンジンの強化が図られる。メーカーとしても、軽量化よりパワーアップの方が低コストで済む。

しかし、それはさらなる重量増加を呼ぶ。エンジンを拡大すればもちろんだが、そうでなくても高出力化に対応して、サスペンションやホイール、タイヤ、ブレーキなども強化しなくてはならない。まさに負のスパイラルだ。

とはいえ、改善の兆しもある。

かさばるクルマを防ぐのは「税制」?

燃費やエミッションが課税額に関与するようになるにつれ、クルマの重量がユーザーの損得にわかりやすいかたちで影響するようになってきた。

そのため、メーカーも軽量化を謳うことが増えてきている。ただし、大幅な重量削減が実現するのは、現状より実燃費に近いデータが、税制に直結するようになってからだろう。

たとえばランドローバー・ディスカバリーは、エントリーモデルを比較した場合、先代の2570kgから新型では2105kgまで減量した。多少のパワーダウンはあるが、それでもパワー・ウエイト・レシオは改善されている。

しかし、軽量化に近道はない。しかも、コストも増すが、価格を上げてユーザーに負担を強いるのは不可能に近い。

100psアップしたクルマに客は余分なカネを払うが、100kg軽くして価格を上げるのがきわめて難しいことは理解できるだろう。必要な改善を完了する前に実施されそうな法規制の改定に、各社が戦々恐々なのももっともだ。

必要とされるレベルの軽量化を実現するには、素材の削減だけでなく、材質の変更も不可欠だ。ランドローバーの場合なら、スチールをアルミに置き換えることで大幅なシェイプアップを果たした。

しかし、それにはコストがかかる……。

軽くするにはお金がかかる だからといって値上げ不可

もちろん、アルミは鉄より軽いが、その価格も加工コストも高い。これがカーボンなどの先進マテリアルとなれば、その額はさらに上がる。

となればメーカーは、チャップマンのように工夫を凝らすことが、これまで以上に求められるのだ。

だが、極端なことをいえば、それを多くのユーザーが要求するようになれば、軽量化は今よりもずっと進行するだろう。そして、ユーザーの意識を改革するには、啓蒙活動だけでは足りない。金銭的な見返りが必要だ。

軽いクルマは本質的に優れ、安全に走ることができると周知するだけでなく、実燃費に応じた適切な課税制度が確立されれば、クルマの重量削減は加速するだろう。

重いクルマが、それを支えるためにますます重くなるスパイラルと同じく、軽いクルマはさらに軽くなれる可能性がある。

その結果は、走りが楽しくなるだけでなく、燃費やエミッションの改善や、ランニングコストの低減にもつながるだろう。

軽量化は走り好きなマニアや熱烈な環境主義者だけでなく、中庸にいる多数派にも利益を生む。ただし、一足飛びに達成できるものではない。軽量化は一日して成らず、なのである。