中国北東部の遼寧省瀋陽で、劉暁波氏の遺体が荼毘(だび)に付されたとみられる火葬場の入り口に立つ私服警官と警備員(2017年7月14日撮影)。(c)AFP=時事/AFPBB News

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【AFP=時事】獄中でノーベル平和賞(Nobel Peace Prize)を受賞した中国の民主活動家で作家の劉暁波(Liu Xiaobo)氏の遺体が運び込まれたと噂された火葬場の隣、墓地の陰から幽霊のように現れたのは私服警官の一群だった。

 この墓地には、劉氏の遺体が運び込まれていない場所だとしても、物々しい警備が敷かれており、同氏の死後も、彼とその家族から記者らを遠ざけようという中国政府の強力な意志が感じられた。

 劉氏が13日に死去する前、入院していた北東部遼寧(Liaoning)省瀋陽(Shenyang)の病院の23階にあるがん病棟の入り口にも10人程度の警官が立っていて、受付の記録ボードに名前がある患者の見舞い以外で通る人々は誰でも呼び止める生真面目な看護師を後押しする役を務めていた。だがその記録ボードには、ある名前が明らかになかった。劉暁波氏だ。

 劉氏の名前が見当たらなかったのは病院だけではない。1989年に天安門広場(Tiananmen Square)で抗議した筋金入りの活動家である劉氏の痕跡を、中国政府は徹底的に消し去り、インターネットや公式メディアで劉氏が話題にならないよう徹底していた。
【翻訳編集】AFPBB News