日常、街中と身近にある鏡。この鏡に注目し業界トップを突き進むのが、創業50周年を迎えるコミー株式会社だ。創業者は小宮山栄(77)。

 コミーの代表的な商品は、飛行機の手荷物入れに取り付けられている小型ミラー。今や100社以上のエアラインに採用され、累計出荷枚数は40万枚以上にのぼる。また、コンビニの防犯用ミラーやT字路・L字路などに設置して見通しを良くするミラーなど、コミーの鏡は街の様々な場所で使われている。主な製品だけでも50品番以上あり、「鏡」だけで勝負する老舗企業だ。

 いかにして鏡と出会い、大きく飛躍していったのか。鏡とは縁遠いところから始まった小宮山の社会人人生にAbemaTVは迫った。

■“落サラ”をきっかけに起業へ

 小宮山は1940年長野県生まれ。信州大学を卒業後、技術者として大手ベアリングメーカーに就職するも、周囲と上手にコミュニケーションが取れず、3年半で退社する。これについて小宮山は、「記憶力と理解力がなかった。近くのラーメン店の方がストレスが無さそうな顔をしていて、肉体労働の方がいいような気がした」と明かす。そこからは、自分に向いている仕事を探して職を転々とする生活が始まった。当時の状況を、「脱サラなんてかっこいいもんじゃないです。サラリーマンから落ちた。“落サラ”です」と表現する。

 色んな人のカバン持ちをしたり、百科事典のセールスマンとして訪問販売を行ったり、塗装業で働くなど、向いている仕事を探し続けた小宮山。ある時、ペンキ店で「文字書きの方が向いてるんじゃないか」と言われたという。そこで、「シャッターに文字を書けば飯が食えるんじゃないか」と方向転換し字を練習、27歳の頃に小諸文字宣伝社(翌年コミー工芸に社名変更)を設立した。

 社長とはいえ、従業員はゼロだ。日々、1人でオートバイに荷物を積んで客先のブザーを押して回るが、百科事典の訪問販売で身に着けた“厚かましさ”がそこで活きた。一方で、忙しくシャッターに文字を書きながら、ベアリングメーカー時代の友人の知恵を借り「回転看板」の制作を始めるようになる。回転看板は喫茶店の店頭などに設置される回転する看板だ。そこから次第に、回転装置だけを作るようになっていった。

 ある日、小宮山のオフィスに凸面鏡と呼ばれる半球体の鏡を置いていった人がいたという。「コミー(小宮山の愛称)さん、いらないからあげるよ。それを回転看板につけてみたら?」という何気ない出来事だったが、小宮山は「面白い」という理由だけで2つの凸面鏡を貼り合わせた。中に電池とモーターを組み込み、まるでミラーボールのように回転する球体の鏡。「回転ミラックス」と名付け展示会に出品したところ、「売れた。1個2個じゃなくて30個買う人が現れた」と意外な反響があったという。

 なぜ回転ミラックスを30個も購入したのか。疑問に思った小宮山が実際に購入者に聞きに行くと、その購入客はあるお店の経営者で「万引き防止に非常に役立つ」と答えたという。事実、その店では被害が減少したというが、販売した当初、小宮山らには売れた理由が分かっていなかった。そこで、広告代理店に勤める高校の友人に「回転ミラックスの売り方」を聞きながら仕事を進めた。

 「看板に文字を書く仕事は受注産業、回転装置は部品産業、でも回転ミラックスは最終ユーザーと直結するようになった」と話す小宮山。使う人の役に立っているかどうか、という考えが生まれ、作り手と使い手の意外な“認識の差”に気づいた。

■コミーを成長させたもう1つの“認識の差”

 “認識の差”に気づいたもう1つの案件が、コミーを急成長させるきっかけになる。

 それが飛行機の手荷物入れに設置されるミラーだ。小宮山たちは「忘れ物防止」として乗客だけに使われることを想定していたが、スカンジナビア航空に導入した理由をヒアリングしたところ、「ボムチェック」という答えが返ってきた。キャビンアテンダント(CA)は、乗客を降ろし次に飛び立つまでの短い時間で、すべての手荷物入れの中をチェックしなければならない。乗客の忘れ物防止のみならず、爆発物の有無を調べるCAからも需要があることが分かった。それ以降、コミーでは自分たちが販売したものがどう利用されているかを意識し、“しつこく”聞くようにしている。そうして気にしたポイントは「一番のセールストークになる」という。

 売った後にしつこくヒアリングを行った結果、思わぬ本音を聞くこともあった。それまでライバル関係だと思っていた、万引きを取り締まる保安士から話を聞いた時には「コミーのミラーがないと仕事ができない」と言われ、必要とされる存在であることが分かった。だからこそ、顧客へのヒアリングの際は警察官さながら緻密にメモをとったり、時にはイラストを書いたりして、作り手と使い手の差を埋めていく。

■「なぜ?なぜ?」を追究

 コミーは現在創業50周年、従業員は36人にまで拡大したが、認識の差をなくす制度は社内にもある。

 例えば言葉の定義をしっかりと行うこと。「コミー用語集」には190種類の言葉が1つずつ丁寧に定義付けされている。「商品」は「売ってお金になるもの」と定義され、誰でも知っている言葉でも、きちんと定義し直すことでコミュニケーションを円滑に行うことができる。最後のページには「使ってはいけない用語」まで定められている徹底ぶりだ。「周知徹底」や「気をつける」など何気なく使ってしまいそうな曖昧な単語は、コミーでは使用が禁止されている。

 また、社員の名前も「コミー略語表」として一覧化され、技術の長谷川さんを「は」、工場の長谷部さんを「ハ」と表記するなど、時間短縮のためのコミー語も多くある。

 多様なアイディアと顧客へのしつこいヒアリングを元に、「鏡」で事業を拡大してきたコミー。それらはすべて、小宮山が「なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?」と追究し続けたことが元になっている。「『なぜ?』を考えて初めて商品開発ができる」と考え方の原点を語った。

 最後に小宮山は、「人生に夢があるのでない 夢が人生を創るのだ 夢みる時間を創ろう」と、創業を目指す次世代へのメッセージを送った。

(AbemaTV/『 偉大なる創業バカ一代 』より)


▶次回『創業バカ一代』(7月15日(土)22時〜)は、mixi創業者・笠原健治会長が登場!