男性から食事に誘われたら、必ずこう答える女がいる。

「メニューによります」

男をレストラン偏差値で査定する、高飛車美女ひな子が、中途半端なレストランに赴くことは決してない。

彼女に選ばれし男たちは、高飛車に肥えた彼女の舌を唸らせるべく、東京中の美食をめぐり、試行錯誤を繰り返す。

最近は、セレブ王子・久保と『Naveno-Ism』、『茶禅華』での2on2、M気質な港区おじさんジュニアとの『アピシウス』デートを楽しんだ。




―ないないないない。

ひな子は、麻布十番の自宅マンションの前を去って行くタクシーを見送りながら、激しく頭を振る。

今晩は初めてマッスーとの『アピシウス』デートを試みたが、これが意外にも、なかなか楽しかった。

「ひな子専属の港区おじさん」という発言は胸にじんわりと響いたし、徹底して下手に振る舞い続けるM気質な彼の姿勢は、知らぬ間にひな子の警戒心を溶かしていた。

自分の吐く毒舌や高飛車発言に、マッスーがいちいち嬉しそうに反応するのも、気づけば何だかクセになっている。

ひな子は久しぶりに時間を忘れて食事を楽しんでいたが、その後彼は、いつものように二次会に誘うことなく、あっさりとひな子を送り、西麻布方面へ消えて行った。

―なによ、私との食事のあとに、他の予定があるってこと...?

ひな子は肩透かしを食らったような気分になり、つい顔が歪んでしまう。

M男のマッスーの行動を邪推して苛立つなんて、自分でも信じられなかった。


親友慶子との定例女子会。しかし、そこにいたのは...?


「カップル:女一人」にされた、虚しい美女


「ひな子、こっちこっち」

親友・慶子との定例の休日ランチに赴いたひな子は、骨董通りに新しくオープンした『Lounge 1908』でその姿を見つけた途端、思わず顔をしかめた。

その隣には、慶子の恋人の俊介が、のほほんとした笑顔で同じくこちらに手を振っていたからだ。

―なんで、勝手に彼氏なんか連れてきてるのよ...?

慶子との女子会は、お互いのデート状況を赤裸々に報告し合ったり、港区おじさんとの豪華な食事会の計画を立てて盛り上がるためのものである。

一言で言えば、真面目な彼氏に聞かせられるような話など一切持ち合わせていないのだ。

「突然ごめんね。今日はこのあと、俊介さんと葉山にドライブに行くの。だから一緒させて」

「せっかくの女子会なのに、お邪魔してすみません」

一応こちらを気遣うようなセリフを口にしても、ラブラブ絶頂期の二人には「カップル:女一人」にされたひな子の虚しい心境など、まるで分からないようだ。




「いえ...。相変わらず仲が良さそうで、羨ましいわ。本当にお似合い」

引き攣るような笑顔を浮かべ、ひな子は薄っぺらいお世辞を言う。

「いや、慶子は僕になんか到底釣り合わないのは分かってるんですけど、すごく優しくて思いやりがあって...。ひな子さん、慶子は昔からこんなに素敵な女性なんですか?」

恋する俊介に曇りなき瞳で問われ、ひな子は「うっ」と返答に詰まる。

慶子は元来、清純派乙女の皮を被った悪女そのもの(ひな子も同様)である。だが、彼の前では我儘のカケラも見せていないのだろうか。

「...ええ、才色兼備で優しくて、こんな女性は他にはいないと思います」

歯の浮くような褒めゼリフを口にすると、俊介と慶子は満足そうに頷き、顔を見合わせて幸せそうに微笑み合った。

―はぁ、もう帰りたい...。

ひな子は心の中で、大きく溜息をつく。何が哀しくて、休日にバカップルのお膳立てをしなければならないのだろうか。

「ところでひな子、慎太郎さんと食事には行った?」

慎太郎とは、慶子カップルに紹介された2つ年上の商社マンだ。あまりの連絡のしつこさに、ひな子は無視を続けている。

「ちょっと忙しくて、彼とはまだ計画できてないの。あっ、でも実は昨日、マッスーと『アピシウス』にディナーに行ったわ」

ひな子はごく自然に、さも“女子会”のごとく近況を打ち明けると、慶子の表情がサッと曇った。

マッスーが港区おじさんジュニアという人種で、さんざん二人の“おしょくじがかり”として活躍したと恋人の前で披露してやったら、慶子はどれだけ焦るだろうか。

女子会に男連れで登場した親友に、少し意地悪をしてやりたい気分だった。


慎太郎に反発心を持っていたひな子だが、話題の和食に誘われ...?


「あ、ひな子さん、イイ感じの男性がいるの...?」

俊介が遠慮がちに聞く。

「あのね、彼は港区おじ......」

「あら、マッスーとデートだなんて素敵!俊介さん、彼は昔からひな子のことが大好きな知人なの。じゃあ、無理に慎太郎さんとは出かけない方が良さそうね。あっ、私たち、そろそろ行かないと」

慶子はさすが女子アナと言わんばかりのアドリブでその場を取り繕い、瞬く間にひな子の元を去った。

最後まで上品な笑顔は崩さなかったが、瞳の奥は怒りに燃えているのがよく分かった。上等だ。自分も同じく不快な思いをさせられたのだ。

あのバカップルに紹介された男となんて絶対に食事になんか行くものかと思いながら何気なくスマホを見ると、当の慎太郎本人から懲りずにLINEが来ていた。

未読スルーしようと思ったが、しかし表示されたメッセージを見て、一瞬手を止める。

―ひな子ちゃん、『銀座しのはら』の予約が取れました。ご一緒してもらえませんか?

食べ物に目がないひな子は、それまでの怒りはどこへやら、「行きます」と即返信していた。


予約は最低半年先。滋賀から銀座に移転した、話題の和食名店


『銀座しのはら』というのは、今、東京で最も話題の和食の名店の一つである。

もともと滋賀にあった店で、全国各地から食通やプロの料理人がこぞって通うとして名を馳せていた。

そんな超有名店が去年突如として銀座に店を構えたのだから、とにかく予約が取れないのだ。(最低半年〜10ヶ月先になるという)

慎太郎の誘いに乗るのは癪であったが、『銀座しのはら』であれば仕方あるまい。ひな子は自分にそう言い聞かせ、店に赴いた。




内装はシンプルだが清潔感があり、11席のみの檜カウンターも美しい。そこには、仕立ての良さそうなスーツに身を包んだ慎太郎がすでに座っていた。

「やぁ、ひな子ちゃん。やっと会えてもらえて、嬉しいです」

「言っておきますけど、私、このお店だから来たんです。正直あなたに興味ありませんから」

ひな子は自分でも驚くほど、冷酷にピシャリと言い放っていた。普段はさすがにこんなセリフを食事相手に言うことはないが、慶子との確執が影響しているのかも知れない。

慎太郎は一瞬面食らったような顔をしたが、次第にクスクスと笑い始めた。

「いいなぁ。思った通りだ。ひな子ちゃん、最高だよ」

さっそく運ばれた先付けを突きながら、彼は楽しそうにしている。

「慶子ちゃんも綺麗だけどさ、ちょっと猫かぶってるでしょ。僕は断然、君みたいに本性を隠さない子がタイプだよ」

「...あなた、変な人ね」

クールに振る舞ってはいるが、自家製の玉子豆腐や雲丹、牡丹海老、そしてじゅんさいを使用した先付けの爽やかで深い味に、ひな子はつい気持ちが緩みそうになる。

「どうせ“商社マンのクセに”とか思ってるでしょ?遠慮しないで。僕、性格の悪い子が好きだから」

狡賢そうに目を光らせる男を前に、ひな子は怯む。これほど冷たく接しているのに、慎太郎の揺るがぬ自信の正体は、一体何なのか。

しかし、二人の挑発的なやりとりとは裏腹に、旬の高級食材をふんだんに使用した優しく味わい深い料理はお椀やお造りと続き、芸術的と名高い八寸が運ばれた。

「キレイ...」

美しい器の上には、すっぽんの唐揚げや季節の食材が10種類以上も並び、見ためにも美味しい遊び心のある味わいだ。

その後も料理は名物のフォアグラ最中、焼き物、鱧と鮑の鍋などが贅沢に続き、お食事はシンプルな生姜ご飯、ふかひれ餡かけ、そして雑炊と、3段階の味を楽しめる仕様となっていた。

センス溢れる和食に舌鼓を打ち、会話も忘れて食事に没頭していたひな子であるが、最後に不意に慎太郎に手を強く握られ驚いた。

「ねぇ、僕と付き合ってよ。後悔はさせないから」

その強気な発言とまなざしに、しばらく言葉を失った。

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