今も昔も、すき焼きには、それぞれのこだわりがある

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 【肉道場入門!】

 すき焼きの流儀は家の数だけある。例えば味つけひとつとっても、東は割り下を使い、西は直接砂糖や醤油を入れる。

 そのほか玉ねぎか長ねぎか問題や、白菜を入れるか入れないか論争など、さまざまな流儀や説が現代では戦わされている。

 しかし情報インフラが未発達だった頃は違う。昭和初期、全国紙ですき焼きについて書かれたある記事がきっかけで、読者投稿欄で論争が巻き起こった。現代ならいかにもネットで起きそうな出来事である。

 発端となったのは1932(昭和7)年10月18日付の朝日新聞東京発行版、「通人がきめたすき焼のコツ」という記事だった。

 記事は「すき焼の仕方は人によつて多少変わりますが、さてどうするのが一番美味なのか、その道の通が極め付の方法とするのはかうです」(原文ママ)と、ぶっている。

 すき焼きの多様性を謳(うた)いつつ、一方で「その道の通が極め付の方法とする」「一番美味」な調理法を匿名のお墨付きで提案する。現代なら、炎上しかねない案件だ。

 しかもその方法がツッコミどころ満載。

 (1)割り下を鍋に入れ、砂糖、酒、醤油を入れ、強火にかける。煮立ったら肉を二切れ入れ、肉の周囲の色が変わったら裏返す。

 (2)裏返した肉の色が変わったら、ねぎ2〜3本を入れて転がし、肉の下に入れる。

 (3)豆腐やこんにゃくを二切れ入れ、上下を返して肉の下に入れ、味がしみたところを食べる。以上を繰り返す。

 これが「一番美味」な食べ方だという。

 しかし、(1)の時点で割り下と砂糖・酒・醤油が重複している。肉についても最初のふた切れ分でどこまで粘るのか。

 グルメ漫画『美味しんぼ』の海原雄山のモデルでもある、大正・昭和の食通、北大路魯山人のすき焼きに共通する部分もあるが、魯山人風すき焼きでは肉と野菜のターンを明確に分けるので、それとも少し違う。

 さらにこの記事は「一度に材料を沢山入れると煮汁の温度が下がり、味に影響するから材料をチビチビ入れ、温度を平均に保たせながら煮ていく」という。

 しかしすき焼きの火加減は、煮汁の温度管理のためというより、「香ばしい焼き目」をつけるために行われるもののはずだ。

 そしてこの記事に対する反論投稿「すき焼の弁」が読者投稿コーナーに掲載されたのは、この記事が掲載されてからちょうど1週間後の10月25日(昭和7年)だった。 

 ■松浦達也(まつうら・たつや) 編集者/ライター。レシピから外食まで肉事情に詳しく、専門誌での執筆やテレビなどで活躍。「大人の肉ドリル」に続く新著「新しい卵ドリル」が好評発売中。