中村理聖氏が自著『若葉の宿』を語る

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【著者に訊け】中村理聖氏/『若葉の宿』/集英社/1600円+税

 福井出身で東京の大学に学び、京都の出版社に就職。中村理聖氏は7年半の古都暮らしを、「京都に住ませてもらっている」と表現する。

「地元のあるおじいさんが教えてくれたんです。特に私はよそ者なので、『京都はそれくらいの心持ちで住むとちょうどよろしい』って。今はその京都を、書かせてもらってもいますけど」

 小説すばる新人賞受賞から3年。受賞第一作『若葉の宿』は、手作りの朝食ともてなしが自慢の町家旅館〈山吹屋〉の〈夏目若葉〉の心の揺れを丁寧に描いた青春小説だ。父を知らず、就職もままならなかった若葉は、祖父の紹介で京随一の老舗旅館〈紺田屋〉で仲居を始めたものの、いつも失敗ばかり。山吹屋では祖父母を手伝う一方、自分を捨てた母〈亜希子〉に未練を残し、将来の夢も特にない、気弱な21歳だ。

 そんな彼女のじれったい成長を見守る間にも、古都には四季が移ろい、様々な決め事が粛々と守られていく。人と町、伝統と革新のコントラストも鮮やかな、京都ならではの物語である。

 観光でゆく京都と、住む京都。その落差を住民かつ非京都人として肌身に知る中村氏は、本書を祇園祭で賑わう7月から始めている。

〈五条大橋を模した小さな橋は、夏の日差しを浴びて、町家の一階で黒々と輝いていた。格子戸が外された二階から、片足立ちの美しい牛若丸と、大きな目を見開いた逞しい弁慶が町内を見下ろしている〉〈ハレの舞台に現れた橋弁慶山を見上げると、夏目若葉の心は重たくなった〉〈祭りのざわめきが遠く感じられ、違う世界の出来事のように思った〉

「この山吹屋にはモデルがあって、四条を少し下った南に私の友達のお祖父さんが始めた家族経営の宿があるんです。祇園祭の山鉾で“カマキリの山”ってわかります? あれを操るからくり人形師さんが宵山の日は泊まるらしいです。

 祇園祭の頃は〈ヒオウギ〉という扇を開いた形の花を活け、家の中のしつらえや着物の柄、日々の献立にも四季が細やかに巡る。それを私は書きたかったのかもしれない。例えば祇園祭そのものより、祇園祭の時の生活に興味があるというか。特に京都は季節ごとの行事には事欠かない町で、本当にこんな生活をしている人達がいるんだなって感じ入ります」

 が、そうした一々が若葉には気重でしかなく、〈京都は外から見たら、きらきらしてて、綺麗な絵巻物みたいや。せやけど、内に入り込むと、窮屈で重苦しい〉と呉服屋を営む隣家の主人〈喜八郎〉についこぼした。彼は親のない若葉にとっていわば親代わり。優しい祖父と気丈な祖母、舞妓になった親友〈紗良〉に囲まれてなお、若葉はこの町や自分を好きになれずにいた。

 紺田屋でも女中頭の〈妙〉に鈍さを詰(なじ)られ、その度に女将の〈志乃〉や板前見習いの〈慎太郎〉に助けられる。しかも山吹屋と紺田屋の仕事を掛け持ちする彼女に、祖母は一々命令などしない。そこは空気を読んで察するのが、京都人の流儀なのだ。

「京都は紹介の文化が根強いです。関係性や立場をわきまえれば、私のような小娘にも凄くよくしてくれるし、もし失礼な言動があれば、自分で気付くよう、やんわり促してくれます。

 私の知り合いに老舗割烹に関東から嫁いだ人がいて、いったん中にさえ入れば、人付き合いや掃除の仕方も周囲の人が全部躾けてくれるそうです。ほどよく都会で、でもちょっと掘り下げると途轍もない歴史が出てくる京都は、私にとって住むにも書くにも、いい町です」

◆京都の人は結構“新しもん”好き

 デビュー作『砂漠の青がとける夜』では、東京生活に疲れ、京都に移り姉のカフェを手伝う女性の、言葉にする度に取りこぼされる思いを細やかにすくいとり、選考会で絶賛された中村氏。本書でも京都という舞台や、言葉の限界に言葉で向き合う姿勢は共通するものの、前者は内的世界、後者では外的世界に比重を置くなど、印象はあまりに対照的だ。

「以前は自分が思ったことをうまく言葉にできなくて、そのモヤモヤを作品にぶつけていた感じもあるんです。でも前作を書き終えたらスッキリしちゃって、むしろ自分と違う仕事や生活をしている人に会うと、物語が浮かぶ。そして書いた後で『そうか、これは若葉が居場所を肯定する話だったんだ』って、気づくんです。

 どうも私は昔からそうで、自分が怒っているのか悲しいのか、わかるのは3か月後、みたいな(笑い)。なぜみなさんは自分の気持ちがそんなにすぐわかるのか、逆に不思議なくらいです」

 それこそ親に反対されてなお芸の道に進んだ紗良や、女将としての役割を生きる志乃を見るにつけ、若葉は〈覚悟がちゃう〉と痛感し、かといって自分に山吹屋を継ぐ覚悟があるかというと、〈ほんまに分からんのやもん〉と思ってしまうのだ。

「若葉にはイライラしますよねえ。でも本当に覚悟を決めるにはこれくらいの時間や言葉の量は、必要な気もして……」

 確かに後継者問題や経営刷新に町全体が直面する中、自分の気持ちに真摯に向き合う若葉は、流れに流されない頑固者とも言える。やがて秋から冬へと季節は巡り、慎太郎との関係や紗良が置かれる状況も少しずつ変化していくが、それでも変わらないのが京都でもあった。紗良が図らずも言う。〈自分が変わっても、変わらんでいてくれるもんがあるって、ええなあ〉と。

「京都の人は祇園祭にクラウドファンディングを採用したり、結構“新しもん”好きですよね。自分たちの本質は守った上で、いいものは取り入れるというか。

 本書でも、新しい経営スタイルを模索して生き残りを図る紺田屋と、祖父母が守ってきた町家を手放したくない若葉では出す答えも違う。ただ、季節や時間の流れを生活の中に取りこみ、時代に流される部分と流されない部分が共存する京都では、その時々の今の積み重ねが、町を形作ってきたのも確かなんです」

〈ええか、うちらはお客さんにとっては京都の顔なんや〉と妙は言うが、最近は紗良のように京都出身以外の舞妓や芸妓も増え、「京都らしさ」とはつまるところ、出自より覚悟の問題だった。その伝統や格式は常に今を生きる個人の葛藤や精進に下支えされ、若葉や紗良や慎太郎の不器用で等身大な成長があってこそ、京都は京都であり続けるのだろう。

【プロフィール】なかむら・りさと/「実は本名です」。1986年福井市生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後、京都市内の出版社に勤務。高校時代に小説を書き始め、社会人になり執筆を再開。「大学時代、文才がないと言われて、だったら才能のある人を手伝う仕事に就こうと思ったんですけど、私、集英社は書類で落ちたんですよ。その集英社からデビューするなんて面白いですよね」。2014年『砂漠の青がとける夜』で第27回小説すばる新人賞を受賞しデビュー。160cm、A型。

■撮影/国府田利光 ■構成/橋本紀子

※週刊ポスト2017年7月21・28日号