引退会見をする加藤一二三・九段=6月30日、東京都渋谷区の将棋会館(写真=時事通信フォト)

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将棋の加藤一二三九段が、歴代1位という63年の現役生活を終えた。「神武以来の天才」と言われた加藤九段は、「加藤一二三伝説」と呼ばれる数々のエピソードをもつ。その棋士人生を、本人の「名言」で振り返ってみよう――。

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「私はすごく立派な将棋を指し、私も感動する立派な将棋を指してきた。『今日は別に負けてもいいよ』と思ったことは一回もないんです。すべて勝つために努力して、今日まで来た。この気持ちには、これからも変わりはないんです」
――ハフィントンポスト 6月20日 <加藤一二三九段が引退 「将棋界のレジェンド」は62年10カ月間、こう戦った> 

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6月20日、将棋の加藤一二三(ひふみ)九段が現役を引退した。勝利数1324は歴代3位、対局数2505と敗戦数1180はいずれも歴代最多、現役生活63年は歴代1位というまごうことなき将棋界のレジェンドだ。14歳7カ月でデビューという藤井聡太四段が登場するまで62年間破られなかった史上最年少記録と、77歳11日という現役棋士の史上最年長記録を持つ。

近年では「ひふみん」の愛称でバラエティー番組でも活躍。自由奔放、天真爛漫な数々の振る舞いは「加藤一二三伝説」として伝えられ、多くの人に愛されてきた。14歳にして29連勝という記録を打ち立てた藤井聡太四段とともに昨今の将棋ブームの立役者と言っていい。

■不屈の闘志

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「私から闘いを取ったら何が残るといえよう。勝負師である限り、命が尽きるまで勝負に明け暮れるのが棋士のさだめだ」
――『ユリイカ』2017年7月号 特集・加藤一二三<加藤一二三について語るための予備的考察>

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「加藤一二三伝説」は枚挙にいとまがない。対局中は昼も夜も必ずうなぎを食べる。対局中にカマンベールチーズや大量の板チョコ、山盛りのみかん、ケーキ3個などを食べ、ジャーに入れたカルピスを飲み干す。序盤での常識はずれの長考、対局会場にある滝の水を止めさせる、対局場にストーブを持ち込んで相手にあてる、立ち上がって反対側から盤面を見つめる、並外れてネクタイを長く結ぶ……。

将棋記者の鈴木宏彦氏は「評論 偉大なる73歳 観戦記者の見た加藤一二三論」(『将棋世界Special Vol.4』所収)で、これらの有名なエピソードの数々が加藤九段の勝負に対する気迫、闘志の表れそのものであると指摘している。加藤九段自身の弁によると、甘いものをたくさん食べるのは脳への栄養補給であり、毎回同じものを注文するのは勝負の最中に余計なことを考えないようにするため。決断の数を減らすために毎日同じ服を着続けたスティーブ・ジョブズと似たような考え方だ。

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「ストーブにしろエアコンにしろ盤の位置にしろ、どっちでもいいじゃないかと思われるかもしれない。でも、勝負師としてそこで譲ってしまってはいけない。自分の主張を通そうとするのは『絶対に勝つんだ』という強い意識の表れで、引いてしまったら上下関係が決してしまう」
――加藤一二三『将棋名人血風録』(角川書店)

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もう一つ、前述の鈴木氏は加藤九段の「闘志の持続力」が際立っていたことを指摘する。加藤九段が73歳シーズンで戦った順位戦7局はすべて「5時間50分」以上消費していた。年齢を重ねると体力の低下から早指しになる棋士もいる中、加藤九段は格下の相手でも勝利を得るために徹底的に考え抜く。尋常ではない闘志と体力である。

事実上現役引退が決定した後も、あくまでも現役を続けるためにファイティングポーズを取り続け、実際翌日に勝利して史上最年長勝利記録を更新した。現役最後となった6月20日、高野智史四段との対局では、投了後、感想戦を行わずノーコメントで帰途についた。悔しさゆえの行動であり、勝負師としての闘志が最後まで燃え盛っていたことの証明である。刀折れ矢尽きても指し続けたのだ。

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「『もう私はギブアップ』『もうお手上げです、もう完全に参りました』と私は言う立場にないの。だってまだ生きてるんだから。まだ息してるんですからね」
――NHK ETV特集『加藤一二三という男、ありけり。』(7月1日放送)

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ところで、加藤九段によると「闘志」には2つの種類があるという。

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「私はひと口に闘志といっても、闘志にはいろいろあると思う。将棋の場合でいうならば、対局するにあたって、人に負けまい、という闘志と、将棋を深く研究したい、という未知なるものに挑む闘志である」
――『中学コース』1957年6月号

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この発言は17歳、高校3年生のときのもの。勝利のために闘志を燃やすのは当然のことだが、このときすでに将棋を極めたいという闘志も燃やしていた。

■「将棋=芸術」

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「魂込めて魂を燃やして、本当に精進した結果が50年、100年色褪せない名局を指せたということが大きな誇り、喜びであると思います」
――ハフィントンポスト6月30日<加藤一二三九段が引退会見「名局の数々を指してきました」63年の棋士人生に悔いなし(全文)>

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加藤九段にとって将棋は勝負事であり、同時に芸術であった。自身の指した将棋が「名局」であることには強いこだわりがある。「私は通算1324勝を挙げた。そのうち90%は名局です」と断言している(読売新聞 6月26日)。将棋は芸術だという信念を持ち、バッハやモーツァルトが作曲したクラシック音楽のように将棋の名局も50年、100年と色褪せずに多くの人に感動を与えることができると考える加藤九段は、勝つことも大事だが、自分も含めた棋士たちが指してきた名局を芸術的な作品として評価してもらえれば本望だと語る。

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「私はつい最近悟ったんです。バッハは自分が能力があって理屈抜きで名曲を作ったんです。私もそうあるべきだと思った。理屈抜きで私は将棋の才能を頂いているわけだから、ひたすら将棋を指して、良い将棋を指すことに尽きる」
――NHK ETV特集『加藤一二三という男、ありけり。』(7月1日放送)

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名局を指すためには“いい手(好手)”を指し続けることだ。“いい手”とは、ある局面での最善手、相手が防ぐことができない必殺の手だ。長考で知られる加藤九段だが、かつて一手のために7時間も考え続けたことがある。それは勝つためでもあるが、同時にひたすら良い将棋を指す、良い棋譜を残すため。そのために大切なのが直感と深く考える力であり、それを合わせて「直感精読」と呼ぶ。加藤九段による造語である。

スランプに陥ったときは「宗教の力」に活路を求めた。昭和45年(1970年)のクリスマスに洗礼を受け、カトリック教徒となった。洗礼を受けた後は勝ち星を積み重ね、念願の名人位をはじめ、数々のタイトルも獲得した。今でも祈りは欠かさない。先崎学九段は加藤九段の将棋を「祈りの将棋」と表現する。

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「将棋にいい手があるのなら、人生にもこうすれば幸せになれるというものがあるに違いないと思いました」
――読売新聞6月26日<「ひふみん」引退、レジェンドは終わらない>

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■藤井四段へ、未来の自分へ

14歳にして29連勝を記録した藤井聡太四段のデビュー戦の相手を務めたのが加藤九段だということはよく知られている。自らの最年少記録を塗り替えた藤井四段に加藤九段はとりわけ関心を払っているようだ。佐々木勇気五段との対局に敗れた藤井四段に対して、ツイッターでエールを送っている。

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「人生も、将棋も、勝負はつねに負けた地点からはじまる」
――加藤一二三九段のツイッター(@hifumikato) 2017年7月2日

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加藤九段自身、誰よりも多くの敗北を積み重ねてきた。しかし、それはすべて自分の糧になったと振り返る。

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「私は千を超える『負け』を重ねながらも、けっして腐ることなく『敗北』を糧として立ち上がり、敗北を上回る数の『勝利』を収めながら対局数を着実に伸ばしてきたわけです。断言します。私は負けて強くなったのです」
――加藤一二三『負けて強くなる 通算1100敗から学んだ直感精読の心得』(宝島社新書)

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かつて加藤九段は全盛期の頃、引退間もない升田幸三実力制第四代名人と特別企画で対局したことがある。勝ったのは升田幸三だった。そのときのことを振り返り、加藤九段はこのように言う。「同じように、藤井四段と私との特別企画というのもありえるんですよ」(『ユリイカ』2017年7月号 特集・加藤一二三)。現役を引退しても、加藤九段の将棋に対する情熱は燃え盛ったままだ。

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「(100歳になったら何してると思いますか?)将棋指してますよ」
――NHK ETV特集『加藤一二三という男、ありけり。』(7月1日放送)

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(大山 くまお 写真=時事通信フォト)