(左)貝殻の装飾がたまりません。キッチンの小窓から顔を出すのは、ジェイシーさん&聖子さん夫妻。夫がつくった料理を、妻がビーチの客席へと運びます。

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そのネパール料理店は海辺にある。沖縄本島の南、美しき新原ビーチにある。目の前に広がるのは海だ。足下は海に続く砂浜で、見上げれば空。ここでネパール人シェフがつくるカレーを食す。すべてが気持ちいい。何より、愉しい。

「主人はカレー屋をやりたくなかったんです。沖縄で農業をやりたかったみたい。でも、最初にここに来たときに、こんなところで店がやれたらいいな、と思ったんですよね。砂浜から店がそのまま繋がっていることにまず驚いて。そしたら、たまたま、ここでお店をやれることになったんです」

山間の小さな集落を通り、海に続く小道を抜けると、そこに広がっていたのは夢で見たような南の島の風景。目の前の白い砂浜では、今朝、ウミガメが産卵したのだと、すぐそばに住んでいる94歳のおばぁが教えてくれた。青く穏やかな海には小さな魚が泳ぐのが見える。アーサ(アオサ)採りをする近所の人の姿がある。沖縄本島南に位置する新原(みーばる)ビーチ。島の原風景が残るこの場所に出合わなければ、おそらくナラヤン・ジェイシーさんと聖子さん夫妻はカレー屋をやっていない。

「ここはどんなにお金を出しても買えない風景」

聖子さんはそう話す。

「集落には年配の方が多くて、静かに暮らすことを望んでいます。そういう中でこの店を貸してもらえたのは、本当に『たまたま』なんです」

「たまたま」。この言葉は、2人が新原ビーチで営むネパール料理店「食堂かりか」の物語に欠かせないキーワードだ。

ジェイシーさんはネパール生まれ。インドのデリーにあるインド・ネパール料理の名店で修業を積み、26歳のとき、出稼ぎ先の候補として挙がった日本とイギリスの2つの中から、たまたま、日本を選んでやって来た。岡山のネパール料理店で働きながら、そのとき出会った聖子さんと結婚。その後、別の土地での生活を考えたときに、「外国人だから沖縄は住みやすいだろうと、本当にたまたま」と、旅行でも一度も訪れたことのなかった沖縄への移住を決めてしまったのだという。

しかし、ジェイシーさんは沖縄でカレー屋をやりたくなかった。とはいえ、生活していく必要がある。しぶしぶ、県内のカフェで働き始めた。そこでたまたま、彼の腕は認められた。新原ビーチで数年使われていなかったパーラーがあり、そこを知る人の後押しもあって、あれよあれよと、憧れのビーチで店をオープンする運びとなった。移住してわずか1年足らずのことだ。

店舗をそっくり改修してキッチンにした。砂浜にはテントを立て、海辺はそのまま客席となった。インドカレーではなく、ネパール料理としてカレーを出すことにしたのは、自国の料理を食べてもらいたいというジェイシーさんの想いからだ。聖子さんは、たっぷりの季節野菜と薬効の高いスパイスを多く使用するネパール料理のヘルシーさが、この場所に合うだろうと考えた。

「インドのカレーは油をかなり使うので、食べたときは美味しいんですけど、後から胃にもたれることもある。ネパールのカレーは油が少ないから、身体に優しいんですね。主人がつくるネパールカレーの全体像を生かしながら、日本人に受け入れられる味をつくれたらいいなと、スパイスの加減を調整しながら、今の味が生まれました。何もわからず沖縄に来て、この場所ならと始めたお店に、こんなにもたくさんのお客さんが来てくれるようになった。だから、来てくれる方々により喜んでもらえるものをお出ししたいんです」

そんな想いが「食堂かりか」の味の特徴にもなっている。10種類以上並ぶカレーのベースとなるのは、ネパールから取り寄せる数種類のスパイスと沖縄県産の玉ねぎ。そして、時間をかけて煮込んだ、たくさんの野菜の旨味。訊けば、沖縄の野菜はネパールの野菜と味が似ていて、使いやすいそうだ。それもうれしい共通点だったと話す。

しかし、ビーチが食堂ゆえ、天気に左右されてしまう。それは仕方のないこと。

「自宅のある隣の市は晴れていても、山ひとつ挟んだこのビーチでは雨のときもあります。営業できるかどうか、朝、来てみないとわからない。台風のときなんか、本当に大変ですよ」

自然そのものが店だから、営業の計画も人間がコントロールできないのだと、聖子さんは笑う。しかし幾つもの「たまたま」が重なって生まれた「食堂かりか」には、自然の流れに任せた店の有り様がよく似合っていた。

この日は梅雨の合間に、たまたま晴れ渡った一日。穏やかな海を眺めながら、自然の恵みが溶け込んだカレーを頬張る。贅沢とは、ここにある。不思議と、感謝の念がわいてきた。

(川口 美保 文・川口美保 撮影・G−KEN)