2016年11月

退院して1週間。オフィスに行ったり、打ち合わせをしたり、溜まった仕事を片付けていたらあっという間に過ぎたが、以前よりは無理をしていないつもりだ。多少貧血気味かな?という感じだけれど、外科手術をしたのだからそれぐらいはあるだろう。鉄分のサプリを飲んでいたら治ったので良しとする。

女社長、ヒールを脱ぐ

11月28日(月)

〇柳瀬氏に会う。

本日は日経BPの柳瀬さんと久しぶりにランチ。彼は多才で有名な敏腕編集者だが、
彼にメリットは一切ないというのに「面白いと思う人達をとにかくつなげる」という大変ありがたい性癖をお持ちの方だ。

今から3年前、現在キャリ婚を一緒にやっている二村ヒトシ監督を紹介してもらい、「二人で対談したらきっと面白いよ!」と、コンセプトから媒体まで用意していただいた。

媒体が変わることになった時も柳瀬さんが暗躍(?)してくれたお陰で無事に連載は続き、100万PVを超える人気連載となり、その対談は『モテと非モテの境界線」(講談社)という本にまでなった。私が現在、web上で連載や対談をさせてもらったりしているのは、柳瀬さんがつなげてくれたご縁があってのこと。本来なら足を向けて眠れない、そんなお方なのだ。

そんな柳瀬氏に乳がんプロジェクトの全容を報告し、今一番の懸念事項を相談してみた。

「どうやら、運動しなければならないようです」と。

「川崎貴子と運動」が彼の中でもしっくりこなかったのか否か? マシンガントークが2秒だけ止まる。そして、3秒後に、

「だったら、ウォーキングすればいいよ!」

と、目をきらっきらさせて提案されたのだった。

ウォーキングとは……正直思いもしなかった。運動とは、シャワー浴びたり、着替えたりという面倒くさいことが伴うぐらい、ハードに体を動かすことだと私は思っていたからだ。それどころか、

「川崎さんは時間ないんだから、アポの合間に1駅歩くとか、仕事の合間にやれるからいいよ! 仕事のついでに!」

とおっしゃる。彼のキラープレゼンを聴いていると、「仕事のついでだったらこんな私でもできるかも」という気がするから不思議だ。こうやって人は口の上手い人に騙され(誘導され)ていくものなのだろう。

柳瀬さんが靴屋さんだったら、この場でシューズを何足も買っていたはずだ。なぜなら、私はヒールのない靴を持っていない。ウォーキングならできそうな気がするが、今私が履いている7センチヒールでそれをやったら、すぐに前言撤回する自信がある。

柳瀬氏は仕事で履いていてもおかしくない、お洒落で長時間歩けるシューズブランドを捲(まく)し立てるように教えてくれるのだった。当然だが、靴屋さんでもない柳瀬氏にメリットは相変わらずゼロだ。

女社長、ウォーキングに目覚める

そして、私はその日の帰り道、30年ぶりにスポーツシューズを買ってみた。
スポーツ用品を売っているところへ足を運ぶのも30年以上ぶりだろう。私は柳瀬氏のアドバイスを元に軽めでスカートなどにも合わせやすいシューズを選んだ。

「せっかく買ったのだから今日からやってみようか」

と思い立って、渋谷から自宅までを歩いて見ることにした私は店員さんに履いてきたヒールのほうを包んでもらう。距離にしたら4キロ以上あるので飽きてしまうのではないかと心配だったがそれは意外にも杞憂に終わった。それどころか、普段車や電車で移動していた道を歩くのは、思いのほかとても新鮮だった。

「こんなところにこんなお店が!」「この道がこの道につながっているのか!」と好奇心を刺激される発見が多い。また、歩いているだけなのに体温が上がったのか、少し肌寒い秋の風がちょうど気持ちがいい。

私は、よく人から「合理的だよね」と言われるし、それを自覚している。無駄な時間が大嫌いだし、効率よく進めるにはどうしたらいいか? を考えるのが大好きだから(笑)

そんな感じなので通勤時間というものも大いなる無駄だと認識していた。だから、居住空間がどんなに狭くなろうとも、ずっと自宅をオフィスの傍に借りていたものだ。しかし、こうやって本来電車ですぐに移動できる道を自分の足で歩いてみると、私にはゆっくり物事を考える時間が圧倒的に少なかったことに気づく。遠回りや寄り道を避けて、自分では合理的に生きてきたつもりだったけど、それは私にとって正しい道だったのだろうか?

「遠回りや寄り道を楽しむ余裕を持つこと」それこそが、せっかちで、生き急いでしまいがちな私に、実は必要な時間だったのではあるまいか? とすら思う。そして、40代も半ばになって、いろいろと世の中のことを知った気になっていたけれど、ウォーキングも、見つけたお店や建物や道も含めて、「人生は未だ知らないことに満ちている」と知り、何だか急に嬉しくなるのだった。

帰宅後柳瀬氏にお礼メールを送ると、
「さすが経営者、決めるとすぐやるね!」
と返ってきたので新たな相談事を。

「健康のためにやっているのに、帰ったらビールが異常に美味しいですが……。」
と、送る。
「わはははははは!」

柳瀬氏に笑ってもらって、新しい扉を開いたかもしれない今日が健やかに終わった。11月28日はウォーキング記念日だ。

女社長、家族旅行に出かける

12月17日(土)

〇家族旅行

「そうだ!保険金で旅行しよう!」と病室で予約した旅行当日が瞬く間にやってきた。毎年時間間隔が短くなっている気がしていたものだが、乳がんになってからはさらに早送りで毎日が断りもなくやってくる。

旅行先は金沢にした。
温泉を希望する者(私)、美味しい蟹を食べたい者(夫)、金沢の回転すしは本当に美味しいのか検証したい者(長女)、新幹線に乗りたい者(次女)の、要は家族全員の欲望が叶えられる場所が金沢だったからなのだが、今回は事前に金沢在住&出身者の貴重な情報を得られたのでツアコン(私)としてもラクチンに旅を満喫できそう。ありがとう! 情報提供者の皆さん! そしてありがとう! 保険金!

初めて乗る北陸新幹線は、途中雪景色を見せてくれて、ストレスなく現地に私達を運んでくれた。お天気も良く、兼六園や金沢美術館、情緒ある街並みを堪能し、ランチの回転すしは「やっぱり金沢の回転すしは美味しかった!」と確認できた喜びと美味しさに興奮した長女の鼻を膨らませた。夫は金沢が初めてだったので、私達の写真を撮りながらも彼にしては珍しく、「よい所だねー」と街を楽しんでいた。

金沢の回転すしは驚きの美味しさ!

次女はと言えば……すっかり忘れていたがお昼寝の時間をとっくに過ぎていたため、普段一重の目が二重になっているではないか! この目になると所かまわずに意識を失う可能性が高い。普段はパパ抱っこで済むのだが、今日は大荷物なので物理的に不可能であると判断したツアコンは、離れたところで長女と買い物を楽しんでいる夫にブロックサインを送る。10年も一緒に子育てしていると、手のサインだけで簡単な意思疎通は可能だ。

理解したらしい夫からは「会計してくるから、あと3分だけ待って」という手旗サインが送られてきた。

女社長、母娘3人で温泉に入る

温泉地へ向かう電車の中でばたっと力尽きた次女に胸を撫(な)でおろし、夫と無言で互いのグッジョブを称え合う。最近、よく思うことがある。昔から「男女の友情はありえるか?」というお題はあちこちで語りつくされてきたものだが、「男女に本当の友情があるとしたら、それは夫婦にではないだろうか?」ということを。

男女の恋から愛に変わり、共に10年暮らした今は夫に深い友情も感じるようになった。そして、夫も私に対して友情めいたものを感じてくれていると思うことがある。例えどんな困難があっても、家族のためメロスばりに走って帰ってくるという実績と信頼を、私たちは互いに着々と積み上げてきたからかもしれない。

すっかり静かになったので車窓から景色などを眺めていると、私は朝からずっと何かを忘れている気がしていたのだが、それにやっと気づく。

私は自分の「乳首なしギザパイ」の存在をすっかり忘れていたのだ。
子供たちは退院後に見て衝撃を受けたものの、今ではすっかり慣れている。

が、人様がいるところで裸になるのは今回が初めてだ。私としてはせっかく温泉に来たのだし、妙に隠したりはしたくない。そして、私個人は「乙女心」を分娩台とビジネス社会に置いてきているので何も問題ないのだが、気持ちも体も絶賛変化中の長女は、もしかしたら人の目が気になるのではないか? と今更だが思ったのだった。

なぜなら、私自身、温泉やプールの更衣室など、裸になるところには数えきれないほど行ったことがあるが、私と同じギザパイを人生で一度も見たことがなかったから。別に全員をじろじろ見ていたわけではないが、これだけ乳がんの女性が存在するのに一度も見たことがないということは、このおっぱいの状態では人目に付くところへは行かない、もしくはちゃんとプロテクトしていたかのどちらかであろう。そして、人は見たことがないものは一瞬でも凝視してしまうものだ。

私は念のため長女に、

「ママさ、温泉でギザパイ隠さないけど気になる?」

長女は一人で入れるので、別で入る方法もあるなぁと思って聞いてみたのだった。
すると、

「ママは? ママは見られたら気になる?」

と、聞いてきた。

「ママ? ママは気にしないよ。女友達にはすでにいっぱい触らせてるし」
と言うと、

「だよね(笑)ママが気にしないなら私だってしないよ。堂々と一緒に入ろう!」

と、ハイタッチをくれたのだった。我が娘ながら、なかなか太くていいやつだと思う。

かくして、私達3人は(パパはいつも男風呂一人)旅館に着いた途端大浴場に攻め込んだ。「たのもー!」的に、ギザパイと成長期おっぱい、ぺったんこおっぱいを携えて。

お湯が熱くて出たり入ったりしていた次女、水風呂で唇を紫にした長女、二人から湯気が立ち上り「ふかし饅頭」みたいで美味しそうだったこと、次女が脱衣所で着替えたら座敷童にしか見えなかったこと。いっぱい笑って、何度もお湯につかり、のぼせそうになったこと。

いつか、大きくなった子供たちと温泉に入ることがあるのだろうか? きっとそのチャンスはたくさんあるに違いない。でも、母娘3人で入った今日のこの温泉のことを、いつまでもいつまでも私は、鮮明に覚えていたいと思う。

座敷童です。

美味しい蟹をたくさん食べてご満悦の二人。