狐の嫁入り、月時雨ってどんな雨?古来から日本は雨の呼び名も傘の種類もさまざま

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雨の呼び名もさまざま

梅雨の季節は、なんとなく気分もふさぎ込んでしまいがち。

霧雨やにわか雨…といろんな雨がありますが、江戸時代の頃もすでに色々な呼び名があったようです。例えば、狐の嫁入りは天気雨のこと。日が照っているのに雨が降ると、狐に化かされているように感じたのですね。帰ろうとする人を引き留めるかのように突然降りだす雨はやらずの雨、月夜に降る雨は月時雨(つきしぐれ)、11〜12月の山茶花が咲くころにしとしとと降り続く雨は山茶花(さざんか)時雨など、このほかにもたくさん。どの呼び名も趣があって、素敵な名前です。

歌川広重「東都名所 日本橋之白雨」

江戸時代に使っていた傘は?

江戸時代の中頃には、柄がついてつぼめられる「さし傘」や「唐傘」を使うようになりました。じゃあそれまでは何を使っていたのかというと、笠をかぶったり蓑か合羽でした。でも、笠をかぶると髪型が崩れてしまうので女性には敬遠されていたそう。

下り傘や唐傘ってどんなもの?

下り傘と呼ばれていた、江戸の傘。京に都があるので、上方(京・大坂)から江戸に入っていくことを、江戸に下るといったのです。この下り傘は、大坂の大黒屋がつくった大黒傘が原型で、太い骨に白紙を張ってエゴマ油で防水したもの。後に、江戸でも傘が作られるようになり、日本橋小網町あたりでは、雨の日の傘や下駄などを売る店が建ち並んでいました。

葛飾北斎「新柳島の白雨」

唐傘は、竹や木で骨組みを作ってから和紙を張って、さらにエゴマ油で防水を施したものです。このほかに、広げると太い輪の模様になる!蛇の目傘や女性用の華奢な紅葉傘、黒い縁取りの丈夫な奴傘など。傘だけで、こんなに種類があったのは、それだけ雨がよく降ったせいかもしれませんね。

当時の傘はとっても高価で、安くても5000円くらい。庶民にとっては、高い買い物だったはず。傘の張り替えをしてもらったりして、大事に使い続けたようです。どこかに置き忘れてくるなんて、あり得ないことだったのでしょうね。たとえビニール傘でも、大事に使って家にきちんと持ち帰りたいもの。江戸の人々のように。