「え〜僕は以前、ジャリズムというコンビを組んでいまして。ピンでも『世界のナベアツ』という名前でやっていました。落語家になった当初は放送作家としても活動していましたが、今は落語一筋。寄席での活動のほか、大阪に部屋を借りて個人的な落語の会も開かせてもらっています。ただ落語家として活動していにも知名度はあったほうがいい。なのでラジオのパーソナリティを務めたり『ルミネtheよしもと』の出演も続けています」
 
こう語るのは、落語家・桂三度だ(47)。91年に「ジャリズム」を結成するも、98年に解散。04年に再結成し、08年には「世界のナベアツ」名でピン芸人としてもブレーク。だが11年にコンビ解散し、桂文枝(73)へ弟子入り。翌12年には高座デビューも果たした。
 
あれから5年目……落語家転身の今を元「ジャリズム」相方で女性自身記者に転身した山下しげのり(48)が初インタビュー! 昨年10月のNHK新人落語大賞では、優勝まであと一歩というところにまで上りつめた三度。お笑い芸人としてはキャリア20年だったが、落語界では新入り。記者も驚くほど、入門から3年間の修業生活は過酷を極めたという。
 
「苦労するのは予想していましたけど、41歳での弟子入りは肉体的にキツかったですね。重たい荷物も運ばないといけないのですが、僕は腰が悪いので……。そういうのは年下の“兄弟子”さんに手伝ってもらったりして、なんとか乗り切りました。だからその分、僕は“大人力”を発揮。師匠が欲しいものを二手三手先回りして、若い人では気づかないことまで全て用意するんです。結果、修業1年目で『三度、しっかりしてるな』と師匠に言ってもらえた。今の僕は、高級ホテルで働けるぐらいの動きができると思います(笑)」
 
また芸人から落語家への転身による、さまざまな面での文化の違いもあった。
 
「僕は外から来た“転校生”みたいなものですし、当初は快く思わない落語家さんもいたようです。信頼している人からも裏ではいろいろ言われていたと知って、挫けそうになったこともありました。でも付き合ってみると、本当によくしてくれる人もたくさんいた。今ではみんなに『悪口なくそうキャンペーンをやろう!』とか『落語界を美しく!』など幼稚なことを言っています(笑)」
 
そして気になるのが、現在の収入だ。一からの再出発となると、経済的にも大変だったのでは? そう聞いたところ、意外な答えが!
 
「収入ですか、う〜ん……。具体的な額は言えないですけど、落語家になる前と比べたら10分の1くらいになりました。こないだなんて、1時間しゃべって500円(笑)。よく『安定を求めて落語家になったんだろ』と言われますが、声を大にして言いたい。落語家はぜんぜん儲からないですよ! 新人になったことで、吉本からもギャラを下げられて(笑)。『ルミネtheよしもと』の出演は、落語家として出られるからまだいいんです。でもイベント営業のギャラまで下げたらアカンでしょ!そこは吉本にツッコミを入れました(笑)」
 
そんな生活を支えてきたのが、ほかならぬ妻だ。08年の本誌インタビューでは5歳年下の堀北真希似と語っていた三度。記者も知らなかったが、結婚15年目になる夫人は夫の挑戦を静かに見守ってきてくれたという。
 
「落語家になって収入が減っても、奥さんは文句も言わずついてきてくれています。節約もしてくれて、ママチャリなんて17年前に買ったのをまだ乗っているんですよ。僕が『もう買い替えようか?』と聞いても『まだ乗れるからええんや』と言ってくれて。今年の落語コンテストで優勝したら賞金で奥さんにママチャリを買ってあげたいと思います」