「世界同時株安」を避ける利上げは可能か

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ここ数年続いた「適温相場」が終わりを迎えつつある。米連邦準備制度理事会(FRB)が利上げを決定するなど、今年6月から各国の中央銀行が金融政策の正常化に向け動き出している。緩和の解除で、投資マネーがリスク資産を引き上げれば、株価下落などの恐れが高まる。日本株は大丈夫なのか。三井住友アセットマネジメントの市川雅浩シニアストラテジストが、世界市場の動向と日本市場の関係について読み解く――。

■「バブルの芽」を事前に摘み取る施策

米連邦準備制度理事会(FRB)は、6月14日の米連邦公開市場委員会(FOMC)で、大方の予想通り利上げを決定した。またFRBは今回、保有資産(バランスシート)の縮小に関する詳細な情報を公表し(図表1)、利上げそのものよりも市場の注目を集めた。

それによると、バランスシートの縮小は、FRBが保有する米財務省証券(国債)などの再投資額を段階的に減らすことで、ゆっくりと進められることになる。開始時点における再投資見送り額の上限は、米国債が月60億ドル、米住宅ローン担保証券(MBS)が月40億ドルである。いずれも上限は3カ月ごとに引き上げられ、最終的に米国債は月300億ドル、MBSは月200億ドルとなる。現在、FRBのバランスシート規模は約4.5兆ドルだが、このペースだと、開始から3年程度で3兆ドルを割り込む計算になる(図表2)。

市場では、FRBは9月にバランスシートの縮小を開始し、追加利上げは12月まで見送るとの見方が多い。FRBが利上げを継続しているなかで、バランスシート縮小に踏み切る最大の理由は、将来、米国の景気が減速した場合に備え、事前に金融緩和の手段(利下げや国債の買い入れによるバランスシートの拡大など)を確保しておくためと思われる。

現在、主要国の経済は総じて底堅い成長が続いており、金融市場も比較的安定しているため、FRBはこの間に金融政策の正常化を進める見通しだ。また米国では、すでに長期にわたって緩和的な金融環境が続いており、これ以上の放置は資産バブルを発生させる恐れもあることから、中央銀行として、事前にバブルの芽を摘み取っておきたいという考えもあろう。

バランスシート縮小の基本的な仕組みは図表3の通りである。FRBが米国債の償還金について、再投資を行わない場合、FRBの「資産の部」における「財務省証券」の残高はその分減少し、米財務省から償還金を受け取ることになる。

米財務省は、財政収支に変化がない限り、FRBに支払う償還金を賄うために新たな米国債を発行する。新たに発行された米国債を、FRBに代わって米民間銀行が保有する場合、米民間銀行はFRBに預けている準備預金を取り崩し、この米国債を購入する。これによりFRBの「負債の部」における「準備預金」の残高が減少し、FRBのバランスシートは縮小する。この時、米財務省の国債発行残高は変わらないため、バランスシート規模は不変である。また米民間銀行も、「資産の部」の勘定科目が変わるだけで、バランスシート規模は不変である。

■ドラギ総裁発言のポイント

なお、米財務省が新たに発行する国債については、その満期も注目しておきたい。例えば満期3カ月のT-Billsは、より満期の長い国債よりも価格変動リスクは小さく、現金同等物とみなされやすい。そのため、米民間銀行による現金(準備預金)からT-Billsへの保有資産変更は、比較的スムーズに行われる可能性がある。この時、新規発行のT-Billsの供給量が増えれば、需給悪化により、短期金利に上昇圧力が生じることになる。

しかしながら、T-Billsについては、米民間銀行による現金(準備預金)からの保有資産シフトで、一定の需要が見込まれるため、短期金利の急騰は抑制されると思われる。満期10年の国債の場合でも、考え方は同じである。10年国債の新規発行による供給増で、長期金利に上昇圧力が生じるが、内外機関投資家の強い需要がある限り、金利の急騰は抑制されよう。

金融緩和の解除を巡る動きは、FRB以外の中央銀行にも広がりつつある。ポルトガルのシントラでは、6月26日から28日まで、欧州中央銀行(ECB)の年次フォーラムが開催された。このフォーラムにおいて、ECBのドラギ総裁、イングランド銀行(BOE)のカーニー総裁、カナダ銀行(BOC)のポロズ総裁から、そろって金融政策の正常化について前向きな発言がみられた。これを受け、ドイツ国債、英国債、カナダ国債の利回りが上昇し、日米の国債利回りも連れて上昇する動きがみられた。

ドラギ総裁発言のポイントは、(1)景気回復につれて政策手段のパラメーターを調整できるようになる、(2)調整は慎重に行うべきだが、それは引き締めではなく、政策スタンスを一定に保つためのもの、(3)緩和的な金融政策は依然必要、この3点と思われる。つまり、資産買い入れを段階的に縮小(テーパリング)しても、金融緩和は続けるというメッセージである。

■「適温相場」の終わりの始まり

したがって、少なくともドイツ国債利回りの上昇は、期待先行の動きと思われる。それでも、ドイツをはじめ、主要国の国債利回りが足元で上昇しつつあるのは、FRBによるバランスシート縮小の年内開始が視野に入ったこと、そのタイミングでドラギ総裁が慎重な言い回しながらも緩和解除の方向性を示唆したこと、同時に他の複数の中央銀行総裁からドラギ総裁と足並みをそろえた発言が出たこと、などが主な理由であろう。

つまり市場は、近い将来に複数の中央銀行が金融緩和の解除を進める可能性について、早々に織り込みを始めたということである。実際に、今年後半から来年にかけて、FRBがバランスシートの縮小を開始して追加利上げを進め、他の国や地域の中央銀行にも具体的な緩和解除の動きがみられる可能性は高い。その場合、ここ数年続いた「適温相場」の終わりが始まり、世界の投資マネーへの影響が懸念される。

適温相場とは、世界的に金融緩和と緩やかな景気回復が併存することで、相場が熱すぎる(強気すぎる)こともなく、冷たすぎる(弱気すぎる)こともない、適温の状態にあることをいう。

■次の追加利上げは2018年3月まで先送り

2008年秋のリーマン・ショックを機に、世界的な金融危機が発生し、多くの国で金融システムが機能不全に陥った。これに対し、主要中央銀行は国債の買い入れを含む、いわゆる非伝統的な金融政策を通じ、市場に巨額の流動性を供給して事態の収拾に努めた。その結果、金融システムは正常化し、世界経済も落ち着きを取り戻すに至った。しかしながら、今日まで市場に過剰流動性は残り、世界的に低金利環境は続いている。このような状況が適温相場を生み、リスク許容度を高めた投資マネーは、一部に利回りを追求する動きや、追加的なリスクをとって新興国市場に向かう動きもみられている。

適温相場を形成する2つの条件は、「金融緩和」と「緩やかな景気回復」である。FRBやECBによる一段の緩和解除は、1つめの条件を弱めることになるため、市場で適温相場の終了が意識され、投資マネーのリスク許容度は低下しやすくなる。

しかしながら、ここで重要なのは緩和解除のペースである。弊社では、FRBのバランスシート縮小開始は2017年12月に通知され、次の追加利上げは2018年3月まで先送りされると予想している。またECBによるテーパリングは、2017年9月に通知、2018年1月に開始、同年9月には終了とみている。さらにECBの利上げ時期は、政策金利の下限となる中銀預金金利が早くても2018年12月、主要政策金利であるリファイナンス金利は2019年以降になると考えている。

このように、FRBやECBは、市場の反応を見極めつつ、慎重かつ緩やかなペースで緩和解除を進めると思われ、結果的に、FRBによるバランスシートの縮小が始まっても、市場の大きな混乱は回避される可能性が高いと思われる。

■カギを握る米国やユーロ圏の経済指標

一方、2つめの条件である、緩やかな景気回復は、今後発表される米国やユーロ圏の経済指標がカギを握る。物価の伸び悩みなど、さえない経済指標の発表が続けば、この条件は弱まってしまう。市場では適温相場の終了が意識され、やはり投資マネーのリスク許容度は低下やすくなる。

逆に物価の急騰など、強すぎる経済指標の発表が続いた場合、欧米市場では利上げの織り込みが一気に進み、国債利回りの急騰が株価の下落を促し、この動きが他の国や地域に波及する恐れもある。ただ、足元の欧米景気の勢い(モメンタム)をみる限り、ここから景気が急速に過熱していくリスクは小さいとみている。

現時点で、市場にとって最も好ましいシナリオは、米国やユーロ圏で経済指標の改善と物価の持ち直しがゆっくりと進み、FRBやECBの緩和解除が極めて緩やかなペースで行われることである。この場合、適温相場を形成する2つの条件(金融緩和と緩やかな景気回復)が大きく崩れることはなく、投資マネーの流れが急変するリスクは限定的と思われる。

■円相場と日本株の動きは?

最後に、最も好ましいシナリオの下で、円相場と日本株の動きを考えてみたい。弊社は、日銀が当面、現行の緩和政策を維持する一方、FRBはバランスシートの縮小を含む緩和の解除を慎重に進めると予想している。日米金融政策の方向性の違いを踏まえれば、ドル円相場は年末にかけて、ドル高・円安に振れやすい展開が見込まれる。

ただ、その動きは比較的緩やかなものにとどまり、現時点では1ドル=120円を超えるほどの勢いはないとみている。また、日本株については、適温相場の漸進的な修正、国内経済と企業業績の底堅さ、為替のドル高・円安方向の推移、これらの要素が、年末にかけて日本株の追い風になると考えている。

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市川雅浩
三井住友アセットマネジメント シニアストラテジスト。東京銀行(現・三菱東京UFJ銀行)で為替トレーディング業務、市場調査業務に従事した後、米系銀行で個人投資家向けに株式・債券・為替などの市場動向とグローバル経済の調査・情報発信を担当。現在は、日米欧や新興国などの経済および金融市場の分析に携わり情報発信を行う。著書に『為替相場の分析手法』(東洋経済新報社)など。CFA協会認定証券アナリスト、国際公認投資アナリスト、日本証券アナリスト協会検定会員。マーケットレポート(http://www.smam-jp.com/market/report/)

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(三井住友アセットマネジメント シニアストラテジスト 市川 雅浩)