編集者/ライターの池田園子が、週末起業家や個人事業主、経営者など、さまざまなスタイルで起業している女性にインタビューする連載です。

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幼い頃から本が大好きで、「将来の夢は小説家」。子どもが憧れる職業のひとつかもしれません。大人になるにつれ現実を見つめた結果、夢を少しだけ軌道修正し、「図書館司書になりたい」と願うようになった中世古 恵巳子さん。

しかし、ときは就職氷河期。司書の空きはなく、銀行に勤めることに。その後、さまざまな環境で働きながら経験を積み、ついには大好きな本と文章を軸に独立。「すべての経験が“自分で事業をつくる”役に立っている」と感じさせてくれるのが、中世古さんの事例です。

Web媒体での記事・コラム執筆にはじまり、アプリ向けの短編物語執筆、映像コンテンツの制作、さらにはブックコーディネーター。幅広く活躍する中世古さんの起業ストーリーをお届けします。

銀行員から図書館司書、会社員として歩んできた20年

Q. 銀行に就職した後は、どのようなキャリアを歩んできましたか?

A. 入行した年の終わり頃、運良く図書館の契約職員の空きが出て、迷いなく転職しました。念願だった司書の仕事を得たものの、毎日出社する勤務体制ではなかったため、物足りなくなって、某企業の浜松営業所(本社は東京)に入社。

司書とのダブルワークを始めました。会社では販売やディスプレイ、在庫管理に携わりました。そうこうするうちに3年半たち、「図書館の本職員にならないか」とお誘いをいただいたのですが、その話はご遠慮しました。

Q. 司書になりたかったはずなのに、なぜそうしたのでしょう?

A. あくまで司書は、「本を管理する人」であって、文章を扱う人ではありません。本来、本や文章に深く関わる仕事を望んでいた自分としては、長く続けたい仕事ではないかもしれない、と考えるようになっていたんです。

同時期に、会社から東京本社への異動を打診されたこともあり、司書を辞めて上京し、流通管理や総務の業務に携わるようになりました。24歳のときです。

会社の仕事も、本や文章の仕事ではありませんでしたが、経営者だった祖父からかつて言われた、「恵巳子は自分で商売をするのに向いている。だから商いのスキルを磨いたり、勉強したりしなさい」との言葉に背中を押されていました。

その頃から、「いつか自分で起業したい」という思いが、漠然とですが自分の中に生まれていました。その後、商品企画部、管理職などを経験し、40歳の年に退社。翌月にはフリーライターとして開業していました。

コネも実績もなかったのですが、文章に関わる仕事に就くのは、子どもの頃からの夢でもありましたし、年齢的にもこれがラストチャンスだと、40歳にして原点回帰をした形です。

地道にコツコツ事業を拡大。仕事とは人の縁で成り立つもの、と実感

Q. 独立したばかりの頃は、どのようにして仕事を拡大していきましたか?

A. 最初はクラウドソーシングサービスに登録して仕事を受けたり、自分の経歴が活きそうな女性向けWeb媒体に営業したりしながら、ライティングの仕事を少しずつ増やしていきました。それからは、書いた文章を見てくださった方々から、文章に派生するいろいろな仕事が舞い込むようになっていったんです。

Q. 書いたものが評価され、自然と仕事が入るようになったんですね。素晴らしいです。その後、比較的早い時期に法人化されまてすね

A. 「石の上にも三年」なんて言葉もありますし、まずは3年、じっくり基盤作りをする計画でした。また、20年近くハードに働き続けてきたので、しばらくは好きなこととのんびり向き合おうかな、という思いもありました。

ただ、ありがたいことに仕事が増えて、入ってくる金額が予想以上に大きくなり、周りの経営者や税理士に相談したところ、「早く法人化したら?」と何度も勧められました。「今がタイミングなのかもしれない」と考えが変わり、2017年4月に法人化しました。

結果として、退職してから1年未満で会社を起ち上げたことになります。フリーランスになったときも、法人化したときも、周りの見識者たちがたくさんアドバイスをくれたことが背中を押してくれたのは大きいです。仕事って人の縁だなあと、つくづく思うんです。

文章を軸に、つながる、広がる。そんな思いで幅広い事業を展開

Q. 執筆だけを生業とするライターさんは多いですが、中世古さんの場合はブックコーディネーターや商品企画なども事業として展開しています。「柱をたくさん持つ強み」をどう感じていますか?

A. 会社員時代、「中世古は企画というクリエイティブ、数字の組み立て――両方がそれなりにできるのが強み。さらに、書類がきちんと作れる、文章がうまく書ける、会議を仕切れる、マネジメントができる、部署間の調整ができる……と、満遍なくそれなりにできるようになれば、ゆくゆくはそれが最強の持ち味になる」と言われ、育てていただきました。

結果、突出したものはなくても、器用貧乏の質はあるのだろうと思っています。これまで在籍してきた銀行や図書館、企業内でも、いる場所や部署によって、見えるものがまったく違っていましたが、あらゆる経験を通して、異業種とのコラボやひとつのことを次々に派生させていくことで広がる世界は無限だなあと、身をもって感じてきました。

だからこそ、法人化する上で事業のコンセプトはあくまで、「働く女性(または経営者)のためになる文章と商品開発」と広く設定しました。この幅に含まれる案件をいろいろな人の手を借りながら展開することで、自分の個性が活かされたり、人脈や事業が広がっていったり、お金の入り方が多角的になったりするのは、大きなメリットですよね。

ちなみに、社名の「FILAGE(フィラージュ)」にはフランス語で、“粗糸を引き延ばしてよりをかけ、糸にしていく”という意味があります。糸は人の縁や知恵であり、過去・現在・未来へと時をつなぎ、前に進む意味合いを込めました。

「文章を軸に、つながる、広がる」という仕事の仕方が自分らしいと感じています。私の中では軸はひとつですが、その展開方法はさまざま。そういうあり方が自分には向いているのではないかと考えています。

誰かがうれしいと感じてくれた時が、自分にとっても喜びを感じる時

Q. そうやって好きな仕事をしていて、とくに喜びを感じる瞬間はどんなときですか?

A. 異業種のクリエイターがつながってインスパイアされ、いい作品ができたり、クライアントがそれを喜んでくれたときに、私自身も大きな喜びを感じます。既存の状況から何かが弾けて新しいものが見えてくる、そして誰かがそれをうれしいと感じてくれたときに、幸せを感じるタイプです。

Webの文章については、読んでくださる方のためになるのはもちろん、癒されたり、心地良く感じたりしていただけるように、透明でおいしい水を飲んだときのような清涼感をイメージして書いています。

ちょっとした記事でも、「一記事入魂」の気持ちで書かせていただくので、1本書くごとに本当にぐったりしてしまいます。読んでくださった方から、「すごく清々しい気持ちになりました」と言っていただくことがときどきありますが、それほどありがたい褒め言葉はありません。

良くも悪くも、代わりがいない――緊張感を持って仕事と丁寧に向き合う日々

Q. 一方、事業を展開するなかで大変だと思うことはありますか。あるとすると、それをどう乗り越えましたか?

A. 当然のことですが、自分が稼がない限りお金が入ってこないのは大変な部分です。会社員時代も目一杯全力疾走してきたつもりですが、会社員と、たとえ小さい会社であっても経営者とでは、責任感がまったく異なるものだと感じます。

前職を退職するときに、当時の社長から、「今までは守ってくれる会社や上司がいたけれど、これからはひとり。がんばりなさい」と言われましたが、かつてはトラブルがあれば直属の上司がサポートしてくれました。

代わりがいない。守ってくれる人・組織がいない。自分しかいない。そういったプレッシャーや緊張感とも隣り合わせです。それもあって、悩みが生まれたときは、信頼できる見識者や起業の先輩などに相談し、ひとつひとつ解決していくようにしています。

また、職種が違っても、自営業者同士で話をするだけでも気が楽になります。皆、さまざまな商売の波を越えながら1か月、1年、10年とスパンをとらえて事業をしています。がんばっている仲間がいる――それだけでも勇気をもらえるものです。

文章・本を軸にした仕事で、誰かの役に立ち続けたい

Q. この先実現したいことや目標を教えてください

A. 本を出版したいです。私自身が会社員時代、特に管理職になってから、ビジネス本を中心とするさまざまな本から知恵を得てきました。現在、児童用絵本アプリの短編物語の執筆を進めていて、こういった創作系だけではなく、働く女性向けの本も書きたいなと野望を持っています。

Webや紙、映像など媒体を自由に行き来しつつ、ゆくゆくは小さな本屋を運営したり、ストーリーがある商品を企画したり、クリエイターをつないだりしながら、自分の軸にしている文章や本の持つ力を信じて、願わくば70歳くらいまで、世の誰かの役に立つ仕事をし続けたいと考えています。

▽ 中世古 恵巳子(なかせこ えみこ)さん

株式会社FILAGE代表。ライター&ブックコーディネーター。女性のキャリア・ライフスタイルに関わる執筆と商品企画を行う。DRESS、cafeglobeなど女性向けWeb媒体でも執筆中。銀行員、図書館司書、一般企業にて総務・流通管理・店舗支社長・商品開発部門管理職・社員研修担当など異色の職歴を持つ。1976年生まれ。