今日は未来予測の話をしてみましょう。早晩こんな技術ができるという話です。

 1999年に東京大学に着任して18年、大学での戦略担当、またTLO(大学の技術移転)の役員として技術評価委員などを務めてきましたが、そういう現場からのご紹介です。

 例えば、病院に行きます。CTスキャンとかMRI装置の中に横たわり「全身断層撮影」をしてもらいます。

 頭の先から足の先までスキャンされ、「大根の輪切り」のように得られたあなたの全身データをAIがチェックします。

 AIは膨大な臨床データの画像診断結果を自己学習しており、かなりの確率で見落とすことがありません。

 これに、血液検査や超音波エコーと、心電図などほかの診断をすべて統合して「デジタルヒューマン」としてコンピューターの中に「あなた」自身の内臓を含めた全身が再現され、現時点で発生し得る病気の種、それらのリスクなどがすべて計算されて明示される。

こういう技術は、時期的な早い遅いは正確には分かりませんが、少なくとも2030年頃までにはかなりの範囲で確立されることになるでしょう。

 こうなると、保険なども変わります。現時点では「医師の診断書」の提出で済まされていることが、善くも悪しくももっと厳密になり、融通は利かなくなるでしょう。

 病気の人には、2017年時点でもすでに臨床治療のビッグデータから、様々な治療法とその治癒率などを知らせることができます。

 それらを告知したうえで、患者自身や家族が治療法を納得して選択していく、インフォームド・コンセントが21世紀に入って急速に普及しました。こうした状況もAIと医療センサー、データ処理技術の進展で大きく変わる可能性があります。

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デジタル手術シミュレーション

 この30〜40年ほどで「非侵襲」の医療技術、あるいは「低侵襲」の医療技術は大いに進展しました。日本はその1つの発祥の地でもあります。

 例えば「胃カメラ」これは文京区目白台にあった東京大学医学部付属分院で、オリンパスとの共同作業で誕生、世界に普及したものと聞いています。

 ちなみにこの「目白台」キャンパスは病院が本郷に統合された後、空き地状態になっていたキャンパスに私独りが残って、12年間にわたって大学の大切な土地を守ってきたという、ちょっとした思い出があり、校地の活用を期待しています。

 「胃カメラ」は鼻や喉から光ファイバーを消化管の中に入れて直接診察する、メスでお腹を切り開かなくても、体の中が診察できる画期的な「非侵襲」の医療技術として20世紀後半世界に広まります。

 同様の「内視鏡」技術が、最小限の穴を体に開ける「低侵襲」手術によって、大きく体を切り開かなくても身体深部の病気や疾病を外科的・複合的に治療できるようになりました。

 この方向はさらに進んで、昔のSF「ミクロの決死圏」のような技術が現実的に開発推進されています。

 ナノテクノロジーを活用して「医療ナノロボット」を開発、これは注射によって患部に届きますから「低侵襲」の度合いがさらに高まるでしょう。

 以前だったら、「おなかを開けてみないと分からない」などということが少なくありませんでした。

 あるいは、術式を決めて大手術となったものの、予想外に症状が悪く、結局手がつけられなかった。開腹部は縫合したけれど、手術そのものの負担が大きすぎて結果的に・・・。というようなこともありました。

 そういう、いわば不要のリスクがミニマムになることが期待できます。

 医療ナノロボットを例えば、深い患部にある比較的大きな進行性のガンに注射して、それらに効果的にガン細胞を退治してもらう。

 そのようなことも、先ほど触れた「デジタルヒューマン」としてのあなた自身のデータを使って、事前にシミュレーションすることができるでしょう。

 とはいえ、未来の医療でも難しい手術は残り、職人芸的な名医は以前として必要なはずです。そういう場合にも、事前の手術シミュレーション、術式をコンピューター上で可視化し、しっかりなぞるということが容易に可能になるはずです。

 この技術は役に立つはずです。と言うのも、手術はけっして1人で行うものばかりではありません。何人もの医師やパラメディカル(医療従事者からなるチーム)を率い、チーフの執刀医以下、多くのスタッフが患者さんの命を守ります。

 主治医の内科医と、外科手術を担当する外科のお医者さんは別の人ですし、それらをサポートする看護師も様々な人が入れ替わります。そういうスタッフにも、必要に応じて、手術の実際をシミュレーション情報を含めて共有することで、より万全なケアが可能になります。

 この手術シミュレーションそのものも、私たちが目視できる画像ができたら、AIに学習させておくことで、人間の医師ではできないケアが可能になります。

 つまり「事前のシミュレーション」と「現実の治癒」のリアルタイム比較です。

 私たち物理を学んだ者は、例えば素粒子や原子核実験など大規模な物理実験で、事前の詳細なシミュレーションを実施したうえで、貴重なビームのランタイムを分けてもらって、現実の系で実験、シミュレーションと比較する、ということを普通に行います。

 こういうことが、化学実験や込み入った物性物理、あるいは生物実験、基礎医学の実験では以前は十分できなかった。

 しかし、21世紀に入ってヒトゲノムが完全解読され、人間を構成する部品がどのような基本指示書によって指定されているか、人知が及ぶようになってから、

「下からの積み上げ」・・・遺伝情報として記されているコードと
「上からの掘り下げ」・・・患者さんが抱える病気臨床の実態

 と、いわばトンネルを両端から掘り進むように、基礎と臨床がつながる方向に、学術は日々進んでいます。

 この「トンネル」は単に両端だけから掘っているのではなく、

DNA段階の基礎生命科学
DNAが集まってできたアミノ酸レベルでの医療〜薬学
アミノ酸が集まってできるタンパクレベルでの医療〜薬学

タンパクが集まってできる膜などの生体機能部品レベルでの医療〜薬学
生体機能部品が集まってできる細胞レベルでの医療〜薬学
細胞が集まってできる臓器部位レベルでの医療〜薬学

部位が集まってできる臓器レベルでの医療〜薬学
臓器が集まってできる身体部位レベルでの・・・

 と、非常に多くのレベル、階層から成り立っていて、各々に多数の専門家がいて学会もあり、莫大な知的情報が毎年加速度的に生み出され、その総体を細部から見渡せる人はいまやほとんど存在しません。

 でも、こうした階層化された莫大な知識を、ディープ・ラーニングのようなニューラル・ネットワーク型の自己学習するコンピューターは、確実に学習することができます。

 今上に記した内容、夢のように思うかもしれませんが、1つとして「原理的な困難」がないよう注意して記してみました。

 このような様々なレベルでの学術知を、いちいち言葉を媒介とせず、生のデータを直接コンピューターが学んで知識化し、役立てていくプロジェクトを私たち東京大学のチームは「ベクトル知識構造化」と名づけました。

 元となっているのは、2000年から2006年にかけて推進した「知識構造化」プロジェクトで、このときは「ゲノム情報処理」の知識エンジンを用いて学術知識の構造化を進め、工学部長だった小宮山宏先生をリーダーに、私も第1段階から参加しました。こんな本も日経BP社から出しました。

 ここに記してるマクロの大問題は、地球環境問題からナノロボット、教育人材育成から技術経営まで、善くも悪しくも1つも根本的に解決できたものがありません。

 15年前の難病は、現在でも難病であり続けるし、15年前のグローバル環境問題は、米国ドナルド・トランプ政権になって対応が悪化した面もあると思います。

 でも、要素研究・要素技術については、驚くほど物事が進みました。ただ、それらが莫大すぎて、互いにつながっていません。

 もっと言えば、人間がぱっと見て理解できない数の列やメータの振れ、不規則に見えるパターンなど「ベクトル量」で表現されたデータが大半を占めるので、専門家以外はそれを読み取ることができない。すくなくとも難しかった。例えばCTやMRIの画像診断での読映のように・・・。

 2012年以降のAIは、そうしたベクトル量で得られる情報を、自己学習によるオート・クラスタ化で有用な知識情報化し(ミメシス化と言います)、私たちが活用できるシステムにインテグレートする「ベクトル知識情報化」が1つの鍵になる。そのように私たちのチームは考えています。

 昨日(7月11日)は前期最後の講義でしたので、こういう話を学生たちにして、半期の講義を中締めしました。教授業というのは、若い人を励まして、一緒に希望をもって進んでこそナンボのものだと私は思う、そういう気持ちで毎回登壇しています。

 「今、18、19歳の諸君が32、33歳になっているだろう2030年になっても、これらが完全に実現されてはいないだろう。でも原理的に可能な未踏の研究開発の方向性は、少なくともこうした範囲内にもたくさん存在している。希望を持って、夢をもって日々努力して、。価値ある成果を出してほしいと思う、エールを送ります」

 同じことを学生以外の若い世代、あるいは気持ちだけは若いつもりの私たち自身も含めて(?)お送りして、以下は次回にと思います。

筆者:伊東 乾