夜更けの赤坂で、男はいつも考える。

大切なものができると、なぜこんなに怖くなるのだろう。

僕はいつも同じところで立ち止まり、苦しみ、前を向こうとして、またつまずく。

41歳、テレビ局のプロデューサーである井上は、ひとりの女と出会う。

彼女の名前はハナ、29歳。ひと回りも年下の女だった。

井上は改めてハナに真剣な気持ちを伝えるが、その返答は曖昧なものだった。




悩める男に突き刺さる、女友達からの一言


「なぁ。年の差ってそんなに気になるもの?」

仕事終わり、『バー ティアレ』で、井上は静香に相談していた。ハナに再度想いを告げたものの、その反応が芳しくないものだったからだ。

―ちょっと、考えたい。

その言葉を、どう受け取ったらいいのだろうか。色々考えた結果、過去に彼女が「だって一回りも年が違うし」と言っていたことを、思い出したのだ。

「……静香の前の旦那、同い年だよな?やっぱり先のことを考えると、年の差って気になるわけ?」

20代の頃の静香は、年上の男とばかり付き合っていた。その中には、一回りどころか二回りほど違う男もいたはずだ。しかし静香の結婚相手は結局、同い年の男だった。しかも、2回とも。

すると静香は、その事実に今気づいたとばかりに「そう言えば2人とも同い年ね」とうなずいた。

「なんだよ、もう。頼りにならないなぁ」

ふてくされた井上の様子に、静香は「ご乱心ね」と笑った。そしてしばらくの沈黙のあと、ロックグラスに入ったウィスキーを一口含み、真面目な顔でこう言うのだった。

「……でも。好きなときは好きって言うわ」

そして次の言葉に、井上はひどくうなだれた。

「たとえどんなに年が離れていても、ね」


“ご乱心”は、井上だけじゃない。男を壊す女・ハナの胸の内とは?




「私、どうすればいいんだろう」

仕事帰り、『赤坂 一龍 別館』でソルロンタンを食べながら、ハナは葵に相談を持ちかけていた。

この店の肉と野菜がたっぷり入った優しい味のスープは、深夜の食事にぴったりだ。しかも24時間営業なので、マスコミ業界で働く忙しい2人の、行きつけの店だった。ハナはどんなに食欲がないときでも、ここのソルロンタンだけは食べられるのだ。




「井上さんのこと、好きなんでしょう?何を悩んでいるの?」

その葵の言葉に、ハナはずっと悩んでいた胸の内を明かした。

「彼に依存している自分が、嫌なのよ。一緒にいて楽しいし安心できるけど、これって好きってことなのかしら?」

そして、今まで口にしなかったあの出来事も白状した。

「……それにね。井上さんがすごく綺麗な女の人と一緒にいるの、見ちゃったの」
「見られたって、本人は知ってるの?」
「うん。聞いてみた。でも、大学時代からの友だちで、何もやましいことはないって」

ハナが聞いたところによると、その女性は井上と同い年で、つい最近までロンドンにいたらしい。結婚している身で若い男と社内恋愛し、会社にいられなくなってロンドンへ行った、と。

「その人って、今は何をしているの?」
「詳しくは知らないけれど、広告関係の仕事をしてるって言ってたわ」
「ふぅん」

葵は何か思い当たる節があるか、考えごとをしているようだった。そしてしばらくの沈黙のあと、こう言った。

「……ハナってさ、ちょっと自分勝手じゃない?自分だって、渉君がいるじゃない」

その言葉に、ハナは何も返すことができなかった。すると葵は、こう続けた。

「私ね、井上さんに言ったのよ」
「……え?何を?」
「ハナには、一緒に住んでいる彼氏がいるって」

それを聞いたハナは、茫然とした。しかしそれに構わず、葵は断言した。

「自分がそうやってふらふらしてるから、人のこと信じられなくなるんじゃないの?」

その言葉は、ハナの胸をぐさりとえぐる。自業自得とはまさにこのことだ、と思いながら。

「でも、井上さんはバカね。それでもまだ、諦めないなんて」

葵はやれやれという様子で言った。


自分のしたことは自分に返ってくる?徐々に壊れていく男と女。


「今日は誰と会ってたの?」

葵と別れて家に帰ったあと、ハナの部屋で待っていた渉君が聞いてきた。最近、誰と一緒にいたか頻繁に聞いてくる。

「葵だよ?」

しかし「葵」という答えに、渉君はあまり納得がいっていないようだった。

「そろそろ寝ようかな」とソファから立ち上がろうとする渉君に、ドキドキしながらこう切り出した。

「……渉君。ちょっといい?話があるんだけど」

井上さんの気持ちにどう応えるにせよ、この生活はもう限界だった。「出て行ってほしい」と、はっきり言おう。そう決めていた。

「あ、そういえば」

しかしハナの言葉を無視し、渉君はすたすたとキッチンに向かう。

「今日、『ナタ・デ・クリスチアノ』のエッグタルト買ってきたよ。ハナ、好きでしょ?」
「……うん?」

会話が、うまくかみ合わない。そして渉君は冷蔵庫の前に立ったままこちらに顔を向け、こう言うのだった。

「俺は別れるつもり、ないから」

口角をきゅっと上げてそう言った目の奥は、全く笑っていなかった。

―自分がふらふらしてるから、人のこと信じられなくなるんじゃない?

今日、葵に言われた言葉を思い出した。




寝室に入った渉君を確認してから、ハナはたまらない気持ちになって家を出る。

井上さんの声が聞きたい、と心から思った。それは井上さんに会いたいというより、早くここから私を助けだして欲しい、という気持ちに近かった。

しかしいつも2コールで出るはずの井上さんは、今日は出なかった。ハナの心に不安がよぎる。あの女の顔が、思い浮かんでくる。

すると、葵から1枚の画像が送られてきた。

―井上さんと一緒にいた女の人、この人じゃない?

その写真の女はハナの記憶よりもいくぶん若く見えたが、それは間違いなく、井上さんの横にいた女の顔だった。

▶NEXT:7月21日 金曜更新予定
葵はなぜ、静香を知っていたのか?