おひとり様の会社員が、40歳で都心に「7坪ハウス」を建ててみた。

「東京で家モチ女子になる」という無謀な企てを実現しようとして身に起きた出来事を、洗いざらい綴ってきたこの連載。

無事に銀行から計4100万円の融資を受け、「都心に7坪ハウスが欲しいの!」というワガママを叶えてくれる建築家ともめぐり会い、いよいよ実際に設計が始まることに。

「オンナ一人だからって、ナメられてなるものか!」と力んだ施工主と、無理難題を求められる建築家のバトルの行方は……?

塚本さんと「7坪ハウス」

建築家とのバトル開始!のはずが…

いよいよ建築家とのバトルが始まったのだが、それはかなり一方的な戦いだった。私が一人でなんやかんや言っているだけで、「敵」は一向に反撃してこない。

第7回で書いたように、家を持とうなどと考えてもいなかった頃は、「建築家に依頼=建築家の作品を買う」ことだと思っていた。つまり、建築家の提案をそのまま受け入れるということだ。

しかし、実際に自分が建てるとなると、漠然とでも思い描く理想の家というものがある。オンナ一人で建てることを逆手に考え、「おもしろがってくれるだろう」とは思いながらも、どこかで「建築家の言いなりにはならないぞ!」と肩に力が入っていたことも否めない。

その反面、出した注文に対してすぐに反応がないというのも不安なものだ。約半年の設計期間中、1ヵ月に一度の割合でミーティングが行なわれた。その間「ああしたい、こうしたい、ここはこうできるか……」など、「たびたびすみません〜」「またまた相談です!」という枕詞をつけたメールを何度となく送りつけ、質問と相談を繰り返していた。

でも、それに対する返答はほぼない。建築家はNoと言わない代わりにYesとも言わないのだ。そうなると、「プロなんだから、何かアドバイスはないんかい!」と、相反する感情がわいてくる。

結果的には、私の相談や質問はスルーされたわけでもなんでもなく、次のミーティングの時にちゃんと反映されている。しかも、本人すら忘れていた要望も盛り込まれているという、相変わらずの高いヒアリング力。にもかかわらず、せっかちな私はすぐに反応がないことに対して、性懲りも無くイライラを繰り返していた。今考えると、オンナ一人だからってバカにされていると感じたのか、巨額の買い物に不安を感じていたのか、当時はちょっとおかしな精神状態だったような気もする。

「天井は高くできなくても開放感は欲しい」という塚本さんのリクエストに応えて、エントランスは1階から2階まで吹き抜けになっている。

YesともNoとも言わない建築家

設計・建築期間中から建築家って凄いなと思うことはたびたびあったが、イライラもセットだったため、本当の意味で尊敬と感謝がわいてきたのは、家が完成し、たくさんの取材を受けるようになったり、お店に来てくださるお客さまから家づくりの話を聞いたりするようになってからだ。いかに、私が恵まれた環境で家づくりができたのか、実感すること数知れず。今では「理想の家を建てられた一番の理由は?」と問われれば、即「縁です」と答える。

私が言うのもおこがましい話だが、依頼した建築事務所、オンデザインのもっともすぐれている部分は、まさにNoともYesとも言わないところにあると、今さらながらに思う。例えば「もっと天井を高くしてほしい」という要望に対してだが、建築基準法上無理な話なのだから、当然ながらYesという答えはあり得ない。

しかしオンデザインは、「No! 建築基準法上、これ以上天井を高くするのは無理です」とは言わない。まずは「なぜ、施主は天井を高くしたいと思っているのだろうか?」と考える。これまでのヒアリングから、「この施主はかなり開放感にこだわっていたな」という情報を引っ張り出す。そして、「天井の高さは変えられないけれど、施主が納得する形で開放感を得るにはどうすればいいだろうか?」とアイデアを考える。

あくまで私の感想だが、オンデザインの建築家たちは、ここをこうしてほしいという施主からの要望=手段ではなく、つねにその裏にある目的を探っているのだと思う。だから、施主の言う通りにはできなくても(No)、施主が納得してくれるであろう別の方法を提案(Yes)できる。つまり、答えはNoでもありYesでもあるのだから答えようがないし、そもそもYes にするためにはアイデアをひねり出す時間が必要なのだ。

本当に予算内で家は建つの?

こうして、私の不安に対する点を改善し、説明してくれるのだけど、空間把握能力に著しく欠けている私は実物を見るまでの間、開放感についてはしつこいぐらい「大丈夫? 本当に大丈夫?」と繰り返し繰り返し繰り返し、建築家に問うことになる。

そのたびに、いつも穏やかな表情と物言いで「大丈夫です。同じ不安を抱くお施主さんはたくさんいます。でもこればかりは実際に体験してみないとわからないんですよね。でも大丈夫、私は何度も経験していますから」という答えが返ってきた。そんな建築家に対して、常に私は「本当?」という疑いの目を向けていた。今考えると、失礼なことばかりしてきたなと反省しきりだ。

勝手な一方通行バトルを続けながらも、箱である建物自体の設計と並行してやるべきことはたくさんあった。床や壁の素材・色、キッチンや洗面台のデザイン・必要な設備……。おもしろいと思ったことは積極的に動き、自分で備品を探した。面倒なことは「お任せします」と建築家の提案をそのまま受け入れた。結局はいいとこ取りをしながら、思うがままに家づくりを進めていたけれど、ある程度の形が見えてきた時、ふと頭をよぎった。

「結構、好き勝手なことを言ってきたけど、果たしてこの家は予算内で建つのだろうか?」

(塚本佳子)