サッカーJ1の試合中に起きた「くさい」発言をめぐるトラブルは、まだ記憶に新しい。アスリートは自らの言動で心理戦を仕掛ける場面もあるが、「不適切発言」とされた今回の騒動は心理戦であったのか、それとも己の未熟さを露呈した結果であったのか。そもそも、アスリートが暴言を発してしまう背景には何があるのか。エディー・ジョーンズ氏がヘッドコーチを務めた、前ラグビー日本代表のメンタルコーチで、園田学園女子大学教授の荒木香織氏に、問題の根深さをスポーツ心理学に基づいて語ってもらった。


スポーツにおける暴言はいかにして生まれるのか

 エリートの選手は幼少の頃から指導を受けていますが、その頃からコーチが最低限、指導しないといけない部分があります。「勝てばいい」「チャンスになればいい」という指導でいいのかと言えば違う。なぜか一部の選手はモラルに対する教育を受けないまま、技術を伸ばそうというコーチングだけを受けてきてしまった。そのため、こういった(「くさい」発言のような)言動が出てしまったのだと思います。

 子供の時に、なぜそういう行動が不適切なのかを理解して、自分で思考や感情をコントロールする。成長とともに、問題となる言動をなくしていくという作業を、コーチングを受けるなかですべきでしょう。競技によっては試合でペナルティを課せられる場面もありますから、学んでいっているはずです。

 問題となる発言が心理戦なのであれば、スポーツをスポーツとして認めていくのは難しい。ファンの方はそういう目で見るかもしれませんが、心理戦でも何でもありません。

 特に最近になって選手の暴言・暴行が顕著というわけではなく、マイクで声が拾えたり、視聴者がより近くで言動を観察できる環境ができてきたので目立つのでしょう。例えば昔からテニスのジョン・マッケンローは酷かったでしょうし(笑)、今になって増えたわけではないと思います。

 アスリートにとって何が道徳的に正しい行動かは、子供のときの成長段階で教えてもらえるはず。大人になって知らないということは残念ですが、そこから知るしかないですよね。誰かが教えてあげるしかない。

 どのスポーツでもそうですが、同じ時間、同じ場所に相手がいないとプレーできません。ということは、自分たちが練習してきた成果を発揮する場所が与えられないことになります。そういう意味では相手があってこその試合なので、自分の力を発揮したいのなら、スポーツでよく使う言葉、「リスペクト」を理解してもらいたい。

 例えばサッカー選手として「くさい」という発言をする自分に対するリスペクトがあったのか。子供たちがたくさん見ていて、お手本にならないといけない自分をリスペクトしたときに、そういう言動に出るのか。相手や状況がどうであれ、自分、相手、子供たち、観客に対するリスペクト、というのを考えられるようにトレーニングしていく必要があります。

 ラグビー日本代表で外国人選手や国籍が話題になることがありますけど、日本のラグビーのために、という目的を持って集まった選手たちですから、そういったことは関係ありません。

 見かけ、肌の色、言葉の違いがあっても、いいプレーをしようという強化目的が同じであれば、そこに焦点を当てていきますし、コミュニケーションを取ろうとするでしょう。ラグビーでは日本で生まれ育った、日本人らしい見かけの人が日本代表になるのが当たり前とされてきたなかで、1980年代から外国人選手が日本国籍を取ってプレーするようになりました。(日本国籍がなくても)3年以上、日本に滞在するなど代表の条件をクリアすれば選考基準に乗ります。

 そこで必要になるのは、チームにコミットしようとする選手に対する感謝の気持ちだと思います。やっぱり理解し合おうと、お互いが思わないと、なかなか解決できない課題ですし、どちらかがどちらかを受け入れるという感覚では何も変わらない。上から目線で「ここは俺たちの国だから、お前らを受け入れてあげる」という姿勢ではうまくいかないし、反対に外国人選手からしたら、「なんで俺らが受け入れられないのか」となるでしょう。

 子供の頃から自分自身についてよく理解し、思考や感情をコントロールして、周りと協力しながら競技を通して人として成長していく。そのような教育を、メンタルトレーニングを通じて力を入れていくべきだと言われています。「アスリートファースト」という言葉が先走りしていますが、そこで履き違えて、アスリートは勝てばいい、物質的環境をよくすればいいとなっている。けれども実際は、アスリートを”中心”としなければ問題が起きます。どんな言動が適切でロールモデルとなるのかを教えてあげるのがアスリートファーストであって、指導者が勝ちたいから駒のように選手を扱うのはコーチファーストですよね。

 これまで人格形成という枠組みを持った指導者が少なかったので、従来の指導は努力と根性の反復練習。スキルを上達させ、海外で通用する選手を育成していますよ、というのがクラブの売りになっています。一方で、ジュニアのクラブチームで全員を試合に出場させるところもあり、それは勝ち負けではなく学んだことを発揮できる場面を与えます、という姿勢の現れです。特にユース年代でそういう教育をしていけばいいんですが、指導者に知識がないので難しい。

 海外のスポーツ心理学の教科書だと必ず「character development」(人格形成)、「good sporting behavior」(スポーツパーソンシップ)、「aggression」(攻撃性)などの章を設けているのですが、日本の教科書にはない。日本は形式的な心理的スキルの教授、例えばイメージトレーニング、目標設定、リラクゼーションの方法を講習会形式でどう落とし込むかが重視されています。けれども、チームを中心に据えて、各選手や指導者には何が必要なのかコンサルテーション(相談)をしながらプログラムを作っていく方が効果的だと考えています。

 いま一番大切なのは指導者に対するトレーニングだと思っています。いくらいい選手だからと言って、自分がアスリートとしてパフォーマンスすることと、人を育てることは別なので、現役を引退した次の日からコーチになれるのではなく、ぜひ指導することについて学んで欲しいと思います。

 一方で、学術的なバックグラウンドを持たない、自称メンタルコーチ、メンタルトレーナーがたくさんいる。

 最低でも修士課程、できれば博士過程を修了していて、心理学の学問的、学術的背景を持っていないと、なぜこの現象が起きているのか、どうすればいい状態にさせられるかを説明できません。

 指導者に対するトレーニングを強化することで、「不適切発言」を減らしていけると思っています。