駿府城本丸跡の徳川家康像(写真:アフロ)

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 日本の歴史を振り返れば、時の権力者たちは特権的な「養生」を行っていた。時代を彩った偉人の特権的な“裏ワザ健康法”を紹介しよう。

 健康マニアとして特筆すべきは、江戸幕府260年の礎を築いた徳川家康(享年73)だ。多くの肖像画に描かれるとおり恰幅のよい体形(腹回りは120cmもあったという)で完全なメタボ体型だったが、若いころは剣術、弓術、馬術を極めたバリバリの“体育会系”だった。そうして鍛えた丈夫な体に過信することなく、実に多くの健康法を実践している。

 食へのこだわりは尋常でなく、季節の外れたものや冷たいものは絶対に口にしなかった。織田信長から贈られた桃を「季節外れ」を理由に食べなかったというから筋金入りだ。戦場で食べる保存食の干し飯(ほしいい・炊いたコメを乾燥させたもの)は、真夏でも必ず焼いて食べたという。

 そんな家康が異様なほどの情熱で取り組んだのが「鷹狩り」だ。

『日本史偉人「健康長寿法」』の著書がある作家の森村宗冬氏によると、家康が家臣に鷹狩りの効用について次のように述べた記録が残っているという。

「これは単なる遊びではない。遠く郊外に出かけるから、民衆の生活ぶりがつかめる。それ以上に運動になる。朝早起きして走り回るから、夜もぐっすりと眠れる。眠ってしまえば、男女の交わりからも遠くなり、おかげでむやみに精力を消耗することもない」

 森村氏が解説する。

「鷹狩りの目的としては領内視察のほか、軍事演習の意味合いも大きかったでしょう。将軍職を秀忠に譲り駿府に隠居した後も、大坂城には豊臣秀頼がおり、徳川政権はまだ完全に安泰ではなかった。鷹狩りは軍事演習を兼ねた健康法だったわけです」

 一般に鷹狩りは特権階級の娯楽や権威の象徴だった。家康ともなれば、相当な人員、費用をかけたと思われる。乱世の覇者らしい、なんとも豪奢な健康法だ。

※SAPIO2017年8月号