東京・池袋の街はずれにある大桃豆腐の大桃伸夫さん

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「豆腐って“一丁”“二丁”って言うでしょ。町に一つ、豆腐屋が経済的に成り立つ。だから“丁”って単位を使うんです」

 こんな話を以前聞いたことがある。ところが、いま日本中の豆腐屋さんが消滅しようとしている。2006年から2015年のたった8年間で4割の豆腐屋さんが姿を消し、現在7500軒。経営者の高齢化や、小売業者の不当な買い叩きが原因と言われる。20年前には100円を超えていた一丁の値段は、材料の大豆の相場が高いにも関わらず約70円だという。量販店の安売りでは、20円という価格破壊もある。

◆おじさんの豆腐には、値段では測れない地域への付加価値があった

 先日、久しぶりに横浜の実家に戻った時のこと。夕暮れ時の18時頃、ラッパの音が聞こえた。軽バンで豆腐屋さんがやってきたのだ。私が幼少の頃から来ている上総屋豆腐店の小泉さんだった。当時、ラッパの音がするとボールに水を入れて買いに出た。母親からお金を握らされて初めての買い物をしたのも、この豆腐屋さんだったと思う。

 当然、おじさんは歳を重ねて78歳。しかも足を悪くしている。運転席を降りて、商品を載せている荷台の後方扉までわずか2〜3メートルを移動するのに、足を引きずりながら20秒くらいかかる。

 豆腐を作るのはとってもハードな仕事だ。前日に大豆を水に浸け、早朝から作業に取り掛かる。重いものを何度も運び、洗い物もしこたま多い。長時間労働なナリワイである。

「何十年ぶりですね、ご無沙汰しております。まだ現役なんて、びっくりです!」

「おじさんも歳をとっちゃったよ〜。もう、78歳さ」

 78歳まで半世紀以上にわたって豆腐屋さんを続けてきて、今も現役であるという事実。しかも体が自由に動かなくなっているのに、である。私はこのおじさんを心から「かっこいい」と思った。

 近所から空のタッパやボールを持って、豆腐を買いに出てきた人たち。冷たい水に手を入れて豆腐を崩さずに救い、それらに入れてくれるおじさん。金銭授受をしながらサラっと他愛ない会話を交わし、時に揚げ物などのオマケをつけてくれたりする。1丁160円だ。

 一見、値が張るように見えるが、おじさんの豆腐はスーパーのパックで売られているサイズの1.5倍以上。さらに、地域に暮らす人たちの心を50年以上も潤してきたのである。日本中が高齢化問題を抱え、買い物難民が問題視される時代、玄関を開けたら手作り豆腐を買える。ちょっとした会話ができる。こうした値段では測れない地域への付加価値。おじさんの豆腐は、160円を遥かに超える価値と、それに伴う“顔の見える関係”という美味しさも内包していた。

 ノスタルジックに浸っているのではない。顔を見て「ありがとう」と言ってもらえる喜び。「喜んでもらえるサービスを提供している」と自負できる仕事。社会に役立っているという自己肯定感。

 そして本人が「もうダメだ」と思えるまで定年がないこと。動けなくなる寸前まで、もしくは死ぬ寸前まで、ありがとう、と言ってもらえる仕事をできる幸せ。

 そのどれもが、現代の「働く」という行為から随分と抜け落ちてしまった。それらを取り戻すための働き方や仕事こそが、今、求められているのだ。

◆豆腐屋で好きなことが実現でき、自分の人生を決められる幸せ

 東京池袋にある、“町の小さな豆腐屋”を自認する「大桃豆腐」さん。店主の大桃伸夫さんは、今はほとんど流通しない国産在来種の大豆を農家さんにお願いして作ってもらい、相場より高値で仕入れている。高知ににがりを作りに行ったり、調達の難しい非遺伝子組み換えの菜種油を揚げ物に使用したりしている。

 値段は1丁230円で、相場の3倍以上。安全でかつ、彼のまろやかで絶品の豆腐を地域の人々が愛している。電車を乗り継いて買いに来る人もいる。思いある日本中の豆腐屋さんが、彼のもとに訪ねてくるほどだ。