酒井充子監督と美術家の奈良美智氏

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 変遷する台湾の姿を映したドキュメンタリー「台湾人生」「台湾アイデンティティー」に続く3部作の最終章「台湾萬歳」の完成披露試写会が7月12日東京・虎ノ門の台湾文化センターであり、酒井充子監督と美術家の奈良美智氏が作品や台湾文化について語り合った。

 映画は台湾の南東部に位置し、人口約1万5000人が暮らす台東県成功鎮が舞台。1932年の漁港竣工以降、日本人や漢民族系の人たちが多く移住し、日本人移民が持ち込んだカジキの“突きん棒漁”が行われる漁業と農業の街の老夫婦に密着した。

 奈良氏が初めて台湾を訪れたのは2000年代前半。台北当代芸術館で行われたグループ展で、古材を用いて作品を展示するための高床式の小屋を現地のスタッフと共同制作したことがきっかけで、その後10回近く足を運んでいるそう。「最初は歴史とか風土ではなく、人と人とのことがきっかけ。出会った人たちがディープな台湾を紹介してくれたので、観光地ではないところに行くようになった。本を読んだり、映画を見て、行かなければいけない場所がたくさんあると思った」と語る。

 台湾映画については、ドキュメンタリー「湾生回家」、4時間半にわたる大作「セデック・バレ」という話題作の鑑賞や、青春映画「藍色夏恋」の感想のほか、ツァイ・ミンリャン監督作品の話題で「いつも主人公が同じ方ですよね。最近、結婚されたようですね」と小康(シャオカン)役の俳優リー・カンションに言及。これから日本公開を迎える新作台湾映画についても触れ「本当に好きなんです…」とはにかみながら台湾映画への愛を告白していた。

 奈良氏が酒井監督の過去作をTwitterで紹介したことから今回のイベントが実現した。映画に出てくる台湾の吉野村と呼ばれる山間の地域を訪問したと報告し、「(出演した)おばあちゃんに会いたかったけれど、いきなり訪ねても変かなあと思って見るだけで帰ってきた(笑)」と会場を驚かせる。「ドキュメンタリーにはうそがないから、行けば同じ景色が広がっている。普通の(フィクションの)映画と違って演技がない分近くて、うまく言えないけれど冷蔵庫を開けると家庭のものがいっぱい出てくる感じ」と独特の比喩で表現する。そして、「ドキュメンタリーは、画面に映らないいろんなものが見える。見ようと思わないと見えないものをドキュメンタリーから探すのが好き」とその魅力を解説した。

 酒井監督が台湾で映画を撮り始めたきっかけは、ツァイ・ミンリャン監督の「愛情萬歳」に影響されて台北に行き、日本語を話す老人に会ったことだった。「ここ3、4年はみなさん高齢になられて、街ではあまりそういう方に出会わなくなった」と話すと、奈良氏は「台湾で日本語を話す方は、俺よりなまっていなくて…」と笑いを誘いながら、「原住民の方がいるようなところを訪れると、まだ日本語を話される人たちの年齢が街より10歳くらい下がる。歴史のことはわかっていても、気候や風土も違うところで、きれいな日本語を話す人に出会うとびっくりします」と旅先での経験を語った。

 「タイトルの“萬歳”はどういう経緯で?」と奈良氏に質問された酒井監督は、「このタイトルに行きつくまでかなりの時間を要しました。(映画に出演している現地の)歴史の先生に日本の軍国主義の『天皇陛下万歳』を想起すると言われ、そのことも一瞬考えましたが、プラスのイメージにかけました。戦前の日本統治時代、戦後の戒厳令時代を乗り越えてきた台湾の方たちに対する私自身の尊敬の気持ち。それからいろんな人やモノや出来事を包みこんできた大自然に対する畏敬の念を表す言葉としてふさわしいと一番感じた」と説明。台湾文化を愛する観客が集まった会場で「今度台湾を訪れる際は、台東まで足を延ばしてくれればうれしい」と呼びかけた。

 映画と美術という異なるジャンルで作品を発表するふたりは、それぞれの制作についても互いに質問を投げかけた。奈良氏は、7月15日から開催される愛知県豊田市美術館での個展「奈良美智 for better or worse」直前の本イベント参加で、酒井監督は「お忙しいところを…」と恐縮していたが、搬入や展示は完了しているそうで「楽勝です」と笑顔で応えていた。「台湾萬歳」は7月22日からポレポレ東中野で公開。