9.11事件の3週間前、勤務先だった貿易センタービルを離れたナディアさん。法輪大法を修煉して16年になる(minghui.org)

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 2001年9月11日、米ニューヨーク中心地で、2機の飛行機が世界貿易センタービルに激突し、ビルは倒壊した。同ビルに入る一流企業の金融コンサルタントを務めていたナディアさんは、この9・11の3週間前に会社に辞表を提出しており、事件当時、ビルにいなかった。

 ナディアさんが貿易センタービルを離れたきっかけは、長年探していた生きる意味とその価値を知るための「道しるべ」を手にしたためだった。あの凄惨な事件の数カ月前に法輪大法の修煉を始めたナディアさんに、話を聞いた。

長年「生きること」に対する疑問

 ナディアさんは、イエス誕生の地として知られるエルサレムで生まれた。伝統的なキリスト教の家庭で育ったが、その教えには完全に信服できなかった。「聖書には多くの戒めと教義への順守がありますが、なぜそのようにしなければならないのかは説明されていません」と述べた。

 十代で米国へ渡り、金融学を学んだ。2000年初頭、40歳のころには、貿易センタービルに入る一流企業の金融コンサルタントを務めるほど、経済エリートの仲間入りをしていた。

 しかし、ナディアさんは「生きていることへの疑問をずっと持ち続けていました」と語る。神秘さに惹かれて、ヨガを練習したこともある。完璧主義のナディアさんは、仕事で多忙であるにも関わらず、多い時は一日6時間もヨガに費やした。皮肉にも、ハードな練習で身体に負担がかかり、ひざを負傷して2001年に手術を受けた。

 手術後、復職できたものの、ナディアさんは虚無感に悩まされた。「一生懸命に打ち込んでも、ヨガは私の『生』に対する疑問の答えにはならなかった」。真理は得られず、身体も壊した。ナディアさんは人知れず、泣いていた。

 雑踏のなかのニューヨーク。ふとアスファルトの地面に目をやると、1枚のチラシが目に留まった。「私の探し求めていたものだと直感しました」。それは、中国伝統修煉法・法輪大法の資料だった。

 「生きる意味の探求」の旅において、その道しるべを見つけた瞬間だった。ナディアさんは、法輪大法の教本である『轉法輪』を読むと、「真・善・忍の法理、宇宙の構成と進化、物事のつながりなど、内容の深さに引き込まれました」と語った。ナディアさんは、修煉の道を歩むことを決意した。

9・11前、世界貿易センタービルから離れる

 修煉して間もなく、より修煉に時間をかけるために、多忙な貿易センタービル89階での仕事を辞めた。当時は、憧れのマンハッタンの摩天楼での仕事を辞めることに、周囲は驚いたという。その3週間後、2001年9月11日、世界を震撼させた9・11事件が起きた。1機の飛行機が激突したのは1号ビルの94階から98階で、ナディアさんの勤め先の数階上。同僚の数人はその事故で亡くなったという。

 もし、路上であのチラシを拾っていなければ―。ナディアさんの運命は変わっていたかもしれない。

 

 修煉を始めたナディアさんの変化に、周囲の人々は気づいた。タバコをやめ、お酒も飲まなくなった。「どうやって変わったの? と聞かれることもありました。確かに私は心穏やかになり、ポジティブな考えが増えて、他人を想えるようになりました。表情は柔和になり、若く見えると言われるほどです」

 「昔は批評が好きで、他人のミスを許すことができませんでした。今は、人を咎めたり、鋭い眼で見たりすることはしません。心が大きく、寛容になり、一歩引きさがって問題を見ることができるようになりました」。

 現在、ナディアさんは不動産ビジネスコンサルタントをしている。高額な仕事を請け負うこともあるという。ナディアさんによると、「私の仕事環境では、多くの人がお金に対する大きな欲望を持っており、いつも争っています。私は自分の利益には淡白で、顧客に心を込めてコンサルティングを行うだけ」「顧客は、私が真・善・忍を修煉していることを知っています。『騙されることはない』と、私を信頼してくれています」とナディアさんは言う。

 「一心不乱に自分の本職の仕事をしっかり行い、他人のために誠実に、しかも心から相手のことを考えれば、実際、争う必要はなく、ほかの人が獲得したいと思っても獲得できない顧客を得ることができるのです」とナディアさんは話す。

 法輪大法を学び、確かにビジネスのメリットが現れたが、これは修煉の道を歩むうえで生まれた「福音」の一つに過ぎないと、ナディアさんは語る。「より多くの人に私と同じように恩恵を受けてほしい」として、ニューヨークで、法輪大法について伝える活動を続けている。競争熾烈なニューヨークの金融界で働く彼女は、法輪功から大きなメリットを得たため「これは神様からのプレゼントです。多くの人と分かち合いたい」と語った。

(文・呉思静/編集・甲斐天海)