日本人の少年がレアル・マドリードのカンテラに入団――。そんなビックニュースが流れてから4年ほどの歳月が過ぎた。当時9歳だった中井卓大(たくひろ)は着実に成長を遂げ、所属するインファンティールA(U-14)でトップ下のレギュラーを確保。得点とアシストを積み重ね、スペイン『AS』紙で「マドリーの宝」と報じられるほどの活躍をみせている。


2013年のカンテラ入団以来、順調な成長を遂げる中井

 バルセロナのカンテラで技術を磨いた久保建英(現・FC東京U-18)が注目される中、未来の日本代表で”2人の天才”が共演する姿に期待を寄せるファンも多いだろう。中井の情報が日本に入ってくる機会は少ないが、今回、当時のレアルのカンテラコーチで、中井の入団を後押ししたイニアッキベニ氏に”天才少年”の現状を聞くことができた。

 イニアッキベニ氏は、レアルのカンテラで2004年から10年間にわたってコーチを務めた人物。現在もドバイスポーツシティのサッカースクールのヘッドコーチとして、多くの有望選手を指導しているが、そんな同氏にとっても中井は特別な存在だという。

「”ピピ”(中井の愛称)は、初めて見た時からとにかくうますぎました。足元の技術が高く、どんな時でもボールを失わない。ボールを失わないということは、味方が信頼して預けられるということ。これはレアルのカンテラの中でも、非常に優れた個性です」

 中井がカンテラ入団前に在籍していた、滋賀県にあるアズーフットボールクラブ代表の嶌村寿次(しまむら ひさつぐ)氏も、イニアッキベニ氏と同様の印象を抱いていた。

「圧倒的な技術を持った子供でしたね。私の中でも”特別な選手”という印象で、特にボールを扱う技術に関しては突出していた。まさかレアル・マドリードのカンテラに入団を果たすまでの選手とは思いませんでしたが、非常に高いポテンシャルを感じました」

 レアルのカンテラに入団する際には、「若すぎる、早すぎる、前例がない」といった、周囲からの反対の声もあった。だが、中井はそんな雑音を強靭なメンタルでかき消した。優れた技術を、どのように試合で活かすか。それは、レアルの”優れた選手”を判断する基準となっている。

「いかに技術が優れていても、それを発揮できるメンタルがなければ意味がない。これは大きなポイントです。ピピは、強靭な意志と自分の長所を、しっかりとテストで披露していました。才能だけではなく、成功できるメンタリティも持ちあわせていたということです」(イニアッキベニ氏)

 中井はレアルのカンテラ入団以降、慣れない環境に苦しみながらも徐々にチームに適応していった。各カテゴリーで20名ほどの在籍しか許されない世界最高峰のカンテラでは、毎年のように半数近い選手が入退団する。その競争に勝ち残っている事実は、中井の実力と成長を語る上で明確な指標となっている。

 イニアッキベニ氏から見て、最も大きな中井の変化は、「もはやスペイン人化した内面」だという。

「入団当初は、スペイン人に交じって戦うには少しハートが弱かったかもしれません。ただ、今は精神的にも肉体的にも逞(たくま)しくなり、スペイン人よりスペイン人らしいパーソナリティを持っている。世界でトップクラスのレアルというクラブで揉まれているという経験は、ピピの将来にとって必ずいい結果につながると思います」

“愛弟子”の成長に表情を緩めたイニアッキベニ氏は、最後に中井の将来について語った。

「あえて挙げるとするならば、プレースタイルはマンチェスター・シティのダビド・シルバに近いかもしれない。柔らかいボールタッチとキープ力に加えて、的確にスペースを見つける戦術眼とそこに正確にパスを通す技術を併せ持っています。しかし、ピピはピピでオリジナルな選手。誰かと比較して、こんな選手を目指してほしいということはありません。彼なりの目標を持って、しっかり成長していってほしいです」

 U-20W杯やJリーグで久保建英が強烈なインパクトを残しているように、突出した才能は年齢の枠を超えてチャンスを得ることができる。閉塞感が漂う日本サッカー界にとって、アンダー世代からの底上げは確かな光明といえる。

 かつて、「泣き虫だから」とつけられた”ピピ”というあだ名。スペインで大きな成長を遂げたマドリードの宝に、もはやその名はそぐわない。

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