2016年6月30日〜8月4日に開催された「リムパック2016」の様子(出所:米海軍)


 G20首脳会合に付随して行われた米中首脳会談で、習近平国家主席は、アメリカ側から招待されていた2018年夏の「リムパック」(RIMPAC:環太平洋合同演習)に中国海軍が参加することをトランプ大統領に正式に伝えた。

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中国海軍参加を巡る米海軍内部の対立

 リムパックとは、アメリカ海軍太平洋艦隊が主催し、アメリカ海軍や海兵隊を中心に、アジア太平洋諸国を中心とした多数の国々の海軍や海兵隊(水陸両用戦担当組織)が参加して行われる多国籍合同訓練である。ホノルルを本拠地としてハワイ周辺海域を中心に2年ごとに実施されている。

 1970年代にはアメリカ、カナダ、オーストラリア、ニュージーランドが参加して毎年開催され、1980年からは日本も参加し、2年ごとに開催されるようになった。その後、参加国(アメリカ政府が決定して招待する)が増大して、前回の「リムパック2016」には26カ国が参加し、まさに「質・量ともに世界最大規模」の多国籍合同海洋軍事訓練とみなされている。

 そのリムパックに、かつてはリムパック参加国にとっては仮想敵の1つであった中国海軍が2014年から参加した(厳密には、オバマ政権により招待された中国海軍オブザーバーがリムパック2012に参加している。軍艦をはじめとする海軍部隊の参加はリムパック2014からである)。

 リムパック2014に中国海軍を招待するに当たっては、主催者であるアメリカ太平洋艦隊はもとより、アメリカ海軍上層部やペンタゴン、ホワイトハウスや連邦議会、それにシンクタンクなどを幅広く巻き込んで激論が交わされた。

 そもそもアメリカ海軍にとって中国海軍は主たる仮想敵の1つである。中国海軍そして中国共産党政府に対して強い警戒心を抱く海軍関係者の中の「対中強硬派」が、中国海軍のリムパックへの参加に反対するのは当然であった。

 それに対して、「軍事力を前面に押し出して中国と対決するよりは、中国側との対話交流を質的に進化させ中国を取り込む方が現実的である」とする「関与戦略」に立脚する対中融和派の人々も少なくなかった。むしろ、「封じ込め戦略」を主張する対中強硬派よりも、対中融和派の勢力のほうが大きかった。

 対中融和派は、「世界最大の多国籍海軍演習に中国海軍を参加させることは、まさに中国側との相互理解を伸展させるための絶好の機会となる」として、中国海軍のリムパックへの参加を強く支持した。そして、何よりもオバマ大統領が中国に対して「極めて融和的」であったため、中国海軍に対するリムパック2014への招待が決定されたのである。

これまでの参加国とリムパック2018の参加予定国


リムパック2014──スパイ船派遣事件

 2014年のリムパックに参加した中国海軍は、4隻の軍艦(駆逐艦、フリゲート、補給艦、病院船)を派遣した。

 ちなみに、海上自衛隊は米海軍の空母と強襲揚陸艦に次ぐ巨艦のヘリコプター空母「いせ」を派遣し、その威容は中国海軍を圧倒していた。だが、初の中国海軍参加ということで、米国メディアの関心は中国海軍の動向に集中した。

 そのような状況の中で、中国海軍のある非常識な行動によってホノルルは大騒ぎになった。中国海軍の情報収集艦がリムパックを実施している海域に姿を現し、アメリカ空母などにピッタリ寄り添って情報収集活動を実施したのである。

 多国籍合同訓練が実施されているといっても、中国スパイ艦が活動していたのは公海上である以上、国際海洋法上違法というわけではない。しかし、リムパック参加国が、公式参加艦艇以外の情報収集艦を訓練海域に展開させるなどということは、リムパック史上初の出来事であった。

 たしかに多数の参加国の艦艇や航空機が一堂に会するリムパックは、効率よく各国海軍の様々な信号や電波などの電子情報を収集できる絶好の機会だ。とはいえ、そのためにスパイ艦を派遣するなどというのは、まさに参加国に対する背信行為以外の何物でもない。

 主催者である太平洋艦隊はじめ、米海軍やペンタゴンの首脳たちが怒り心頭に達したのは当然である。連邦議会でもとりわけ対中強硬派の議員たちがこの問題を取り上げ、「リムパックへの中国の参加は今回が最初であったが、同時に今回が最後となるだろう」と二度と招待しない方針を打ち出した(本コラム2014年7月24日参照)。

 しかしながら、リムパック2014が終了してしばらくすると、オバマ政権は再び中国海軍をリムパック2016へ招待した。そして当然、中国は招待に応えて参加した。

リムパック2016──日本侮辱事件

 リムパック2016では、中国海軍は前回よりも1隻多い5隻の艦艇を参加させた(もっとも2014年もスパイ艦を入れれば5隻だったが)。

 海上自衛隊は今回も巨艦「ひゅうが」を参加させ、威容を誇った。だが、相変わらず米国メディアの関心は中国海軍に向けられていた。

 中国海軍は前回のようにメディアに取り上げられるようなトラブルを起こすことはなかった。しかしながら、メディアの目にはとまらなかったものの、海軍間の慣行儀礼に著しく背く非礼を、海上自衛隊、すなわち日本に対して繰り返した。

 多数の参加国があるリムパックでは、それぞれの参加国が他のすべての参加国の代表団を艦艇などに招待してレセプションが行われる。各種訓練のみならず、このような機会を設けて相互理解や交流を図るのだ。

 ところが、中国代表団は海上自衛隊から招待を受けたにもかかわらずレセプションを欠席した。他国のレセプションへ参加しなかったのは、リムパック史上、中国海軍が初めてであった。

 それだけではない。中国艦上でのレセプションに、中国海軍は自衛隊代表を招待しようとしなかった。その情報をキャッチしたアメリカ海軍が中国側に警告を発して、結局、自衛隊が招待されることになったが、このような出来事も初めてであり、主催者である太平洋艦隊、そしてアメリカ海軍は再び怒り心頭に達していた。

 そして、対中強硬派の人々は、「二度も続けて問題を引き起こした中国海軍は、二度と招待されないだろう」と考えた(本コラム2016年8月4日参照)。

結局、トランプも招待した

 リムパック2014でもリムパック2016でも問題を引き起こした中国海軍であったが、そのようなトラブルに比べるとはるかに大きい問題を、2014年から2016年の期間に南シナ海で引き起こしていた。すなわち、本コラムでも繰り返して取り上げている南沙諸島での人工島建設である。

 中国のリムパックへの招待に反対する対中強硬派の米海軍関係者たちによれば、「そもそも、中国をリムパックに参加させているのは、多国籍訓練という場を通して、中国海軍との相互理解を深め、中国海軍に勝手な動きをさせない、という目的のためであった。しかし、その間にも、中国は南沙諸島に7つもの人工島を建設したり、それらの人工島や西沙諸島の軍事基地化を進めたりしている。なんのために参加させているのだ」と憤っていた。

 ただし、中国に対してオバマ政権とは一線を画する態度で接することを標榜しているトランプ政権が誕生したため、「リムパック2018への中国の招待は、まさかあるまい」と対中強硬派の人々は期待した。

 太平洋艦隊側は、陸上自衛隊に日本が誇る地対艦ミサイル部隊をリムパック2018に参加するよう要請した。すなわち、日本の優秀な地対艦ミサイルによって日本沿岸域や南シナ海沿岸域に接近する中国艦艇を打ち払うデモンストレーションを世界中の海軍が注目するリムパックで行おうというわけだ。これは「戦力強化が著しい中国海洋戦力から東シナ海や南シナ海を防衛するには、海軍艦艇や各種航空機に加えて、島嶼線に陣取る地対艦ミサイル戦力を活用すべきである」というアメリカ軍の新ドクトリンに則る動きである。(本コラム2014年5月8日、2014年11月13日など参照)。このような流れは、対中強硬派の人々の「まさか中国がリムパック2018に招待されることはあるまい」といった期待を後押しした。

 しかしながら、トランプ政権はリムパック2018へ中国を招待し、習近平国家主席がトランプ大統領に、リムパックへ参加する旨回答したのである。

 中国海軍艦艇が東シナ海沿岸域などに接近するのを阻む抑止戦力としての自衛隊地対艦ミサイル部隊と、中国艦隊が、相互理解と協働関係を促進するためのリムパック2018に肩を並べて参加するのであるから、いよいよリムパックもブラックユーモアの体をなしてきた。

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筆者:北村 淳