GEの最高経営者(CEO)を務めたジェフ・イメルト氏(2016年4月撮影)。(写真:AP/アフロ)


 2017年6月12日。米ゼネラル・エレクトリック社(以下、GE)は、16年間、最高経営者(CEO)を務めたジェフ・イメルト氏(61歳。以下、イメルト)が退任すると発表した。

 2011年にイメルトが提唱した「インダストリアル・インターネット」。

 お客さま企業に納入する発電機や航空機エンジンなどを無数のセンサーを介してインターネットにつなげ、稼働状況の分析(ビッグデータ解析)によって運用効率向上の提案につなげて行く。

「インダストリアル・インターネット」の概念が、企業がお客さまの成果ベースで稼ぐIoTという破壊的イノベーションのモデルとなったことは広く知られている。

 この意味合いだけでもGEのイメルトの功績は極めて大きい。

【参考】「巨大企業をなぎ倒していくIoTの凄まじい衝撃」
(http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/47868)

 エクスペリエンス・デザインのコンサルタントである筆者の視点で見ると、GEという成熟した大企業の「なりわい」変革を成し遂げた、まさにこのタイミングでのイメルト退任は、本格的なIoT時代到来の「はじまりの終わり」を示す象徴的な事件のように思われてならないのだ。

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物言う株主(アクティビスト)vs. GEイメルト

 日本経済新聞の報道(2017年6月13日朝刊)によると、突然の退任劇はGEの株価低迷がトリガーになったようだ。

 低迷する株価が昨今話題の「物言う株主」(以下、アクティビスト)の格好の攻撃材料になっていたという。事実、GEの足元の株価は30ドル前後で停滞し、イメルト就任時(2001年)の40ドルに比べても4分の3程度に過ぎない。

 前任CEOのジャック・ウェルチは、就任20年間で株価を約30倍に高めた。対照的に、イメルトの場合、2001年の同時多発テロと2008年のリーマン・ショックという2つの未曾有の大事件に遭遇という不運も重なった。

 GEはIRの透明性が極めて高い企業として評価されている。

 にもかかわらず、イメルト退任ニュースに私たちが違和感を覚えるのは、経営者としての手腕に対する一般のビジネスマンと、特殊な世界に生きるアクティビストたちとの評価の「ものさし」の違いに他ならない。

 しかし、株価という即物的なKPIから離れて、少し冷静に考えれば違う見方もできよう。

 イメルトではない経営者が同じ時期にGEを率いていたとしたら・・・。GEは我々の想定を超えて疲弊・衰退していた可能性も否定できないではないだろうか。

GEの「なりわい」を変えたイメルトの選択と集中

 イメルトの行った業態改革を短いワードで表現すれば、「金融業からの潔すぎる決別とIoTで武装した新しいタイプの製造業への選択と集中」だ。

 前任のウェルチCEOの最後の頃、2000年には連結の売り上げの総額は1298億ドル、売り上げに占める金融業(GEキャピタル)の比率は50%と大半を占めていた。

 一方、直近の2016年、GEの売り上げは1236億ドルとほぼ横ばいながら、電力システムが22%、航空機エンジンが21%、医療機器が15%などIoT関連の製造業セクターの売り上げが大きく伸長し、金融業の比率は9%と著しく低下した。

 ウェルチが注力したプラスチック部門や放送部門(NBCユニバーサル)などは、売り上げのリストからすでに消えていることにも注目したい。

GEは産業界の巨人から「機械語を話す少年」に変わる

 GEにおけるイメルトの最大の功績を「経営の質」の観点から見ていこう。
 
 イメルトは従業員30万人超のグローバル企業のリーダーとして、「事業経営」だけでなく「企業文化」「組織運営」も含めた三位一体の刷新を、強力なリーダーシップを発揮して、わずか数年で成し遂げた。

イメルトの推し進めた「三位一体の改革」。


 まず、イメルトが注力した「事業経営」の改革、すなわち「インダストリアル・インターネット」から最近の「ブリリアント・ファクトリー」への流れについては、すでに多くの書籍・記事で繰り返し語られており、拙著『IoT時代のエクスペリエンス・デザイン』でも多くの紙面を割いて解説しているので、この記事では多くを言及しない。

 また、GEがインダストリアル・インターネットでどういった価値を提供して、お客さま企業やソーシャルにとってどういう存在になることを目指すかについては、「The Boy Who Beeps」(機械語を話す少年)というタイトルのGEの企業CMに見事に凝縮されている。

 CMの中の「機械語を話す少年」は、GEの目指す姿そのものだ。

 GEが目指すのは、BtoBの納入先のお客さま企業はもちろん、さらにその先のBtoBtoCのお客さま個人までを見据えた「エクスペリエンス(ブランド体験)の最適化」である。

 お客さまと機械、お客さまとシステム(GEの場合、Predixと呼ばれるOS)を意味のある形で結びつけることで、お客さまのペインポイント(ブランド体験上の問題点)を排除し、お客さまにディライトな体験を提供する取り組みを担うのがGEの企業としての「ありたき姿」に他ならない。

「企業文化」の刷新については、何と言っても、GE版のリーン・スタートアップである「FastWorks」をスピーディに社内に根付かせたことが挙げられるだろう。

「FastWorks」の社内運動は、『リーン・スタートアップ』の著者である起業家エリック・リースを、経営トップ層が参加するワークショップにファシリテーターとして招聘したことが契機になったという。

 浸透のスピードを最優先にして、あえて階層の上の方からカスケード方式でこの哲学を全社に浸透させたのである。

GE社員の行動規範「GE 5 Beliefs」

 GEはトーマス・エジソンが創業し、東海岸のコネチカット州に本社を置く典型的なエスタブリッシュメント企業だが、イメルトは「FastWorks」浸透に伴って、GE社員の行動規範である「GE 5 Beliefs」(GEの5つの心得)も、シリコンバレーのスタートアップ企業ばりに全面的に刷新した。

GE 5 Beliefs
1. Customers Determine Our Success
2. Stay Lean to Go Fast
3. Lean and Adapt to Win
4. Empower and Inspire Each Other
5. Deliver Results in an Unsertain World
 

「FastWorks」と「GE 5 Beliefs」は、GEの企業文化の刷新の徹底ぶりを如実に示すものだ。IoT時代の企業の競争優位は、ヒト・モノ・カネの内部リソースの配分ではなく、「学習能力のスピードの速さ」であることが透けて見える。

 一昨年の秋、日本経済新聞主催のセミナーで講演するために来日したイメルトが、「ピボット」(Pivot)というキーワードを反芻していたことは記憶に新しい。

「ピボット」とは、軸足(基本戦略)はそのままで、お客さまのフィードバックを見ながら、小刻みにサービスの方向性や打ち出し方を変えていく手法のことだ。「ピボット」は「FastWorks」を実践するGE社員の行動(ふるまい)がどうあるべきかを明快に示したものだ。

お客さまの豊かな体験価値を生み出す組織としてのGE

 イメルトが「企業文化」の刷新とともに改革の対象としたのが、「組織運営」である。

 イメルトはシリコンバレーに千人規模のソフトウエア開発センターを新設(現在のGEデジタル)、シスコシステムズやオラクルから若いエンジニアを大量に採用した。 

 企業文化のスピーディな刷新には「新たな血の導入」が(時に大きなリスクを伴うものの)極めて効果的である。

 また同時にイメルトは、SAP出身のIT技術者でエクスペリエンス・デザインにも造詣が深いグレッグ・ペトロフを、チーフ・エクスペリエンス・オフィサー(CXO)に任命、組織や階層の枠組みを超えて社内の啓蒙活動を推進させた(著者注:グレッグ・ペトロフは昨年末にグーグルに転職した)。

 CXOという、お客さま体験価値に全責任を持つ上級役員の任命。

 とかくサイロ化しやすい企業の組織に太い横串を通したことで、本質的に重要な価値はお客さまの体験であり、「インダストリアル・インターネット」を支えるIoTのデジタルテクノロジーは、しょせん手段に過ぎないという考え方をステークホルダーに対して明確に打ち出した、と言えるだろう。

IoT時代の「はじまりの終わり」

 GEはイメルト退任と同時に、イメルトの後任として医療機器部門などの業績を引き上げたジョン・フラナリー氏(55才。以下、フラナリー)が2017年8月にCEOに就任すると発表した。

 報道によると、フラナリーは金融部門GEキャピタルでの実務経験が長いという。順目に考えれば、「インダストリー・インターネット」を推進したイメルトの路線を踏襲しつつ、アクティビストの声にも応えるような利益と株価を強く意識した経営を目指すのだろう。

 これら一連の動向は、あたかもアントニオ・ガウディがサクラダ・ファミリア教会の設計図を描き、実際の建築は、建築技術が進化してそれを物理的なカタチに組み上げることができる後世の人材に委ねた、という歴史的事実に重なって見える。

「IoT時代のはじまりの終わり」

 破壊的イノベーションの波に乗り、「事業経営」「企業文化」「組織運営」の三位一体の改革を成し遂げたGEのイメルト退任は、それを雄弁に物語っている。

筆者:朝岡 崇史