飛ぶ鳥を落とす勢いの筑波大。彼らはゲームのなかで“修正”できる力を持っている。写真:安藤隆人

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[天皇杯3回戦]筑波大 2-1 福岡/7月12日/K'sスタ
 
 筑波大がまたしても、ジャイアントキリングを起こした。
 
 天皇杯3回戦、アビスパ福岡戦。2回戦でJ1のベガルタ仙台を3-2で下し、今大会の台風の目となっていた筑波大は、J2クラブとの試合でも存分に力を発揮した。終始ペースを掴み、ゲーム終盤にジュビロ磐田入りが内定しているエース中野誠也の2ゴールで突き放すと、プロチームの追撃を1点に封じ込む。1回戦のYS横浜(J3)戦から3連続の金星を挙げた。

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「90分を通して、選手たちはすごく落ち着いていた。チームとして戦えていなかったのは相手のほうでしたね。それを僕だけでなく、ピッチにいる選手たちが読み取っていた。今年のチームは、相手の長所と短所を試合のなかで見極めながら戦える。今日はその武器をしっかりと実行しながら、いい流れで試合ができた」
 
 そう振り返るのは、小井土正亮監督だ。
 
 福岡戦の快勝劇は、まさに筑波大イレブンの「主体性」がもたらした結果だった。チームをそんな精鋭軍団に仕立て上げたのが、小井土監督そのひとである。
 
 現在39歳の青年監督だ。岐阜の各務原高から筑波大に進学し、選手として活躍する傍ら、サッカーの分析や指導論を貪欲に学んだ。大学卒業後にJ2の水戸ホーリーホックに入団。同時に、筑波大大学院に進み、「大学院Jリーガー」という珍しい肩書を携えた。
 
 しかしながら水戸では出場機会に恵まれず、プロキャリアはわずか1年で終わりを告げる。大学院でサッカーを学びながら蹴球部のコーチを務め、卒業後は柏レイソル、清水エスパルスでコーチを歴任。とりわけ清水時代は長谷川健太監督の「名参謀」として名を馳せた。対戦相手の分析を担当し、指揮官の理論なり意図を選手にかみ砕いて説明する役割を演じながら、サッカーの造詣を深めたのだ。
 
 長谷川監督の退任と同時に、6年間在籍した清水を離れ、「大学の職員になって、大学サッカーの指導者をやりたい」と新たな目標を設定する。2013年シーズンにはガンバ大阪の新監督となった長谷川監督に誘われ、1年間コーチを務めた。そしてふたたび筑波大に戻り、15年に晴れて蹴球部監督に就任。ついに“指揮官”としてのキャリアをスタートさせる。
 
 スタートは順風満帆ではなかった。チームは2014年に屈辱的な関東リーグ2部落ちを経験。その直後に、小井土氏はコーチから監督に昇格したのだ。

 どん底からの再出発にあたっても、指揮官は焦らなかった。「僕はチームを牽引するというより、選手たちにサッカーの知識や見解を深めさせる手助けをして、ピッチ上で自立した選手に仕立てるのが仕事だと思っている」と、あくまで選手たちにとってなにが有益で、どうすればピッチ上で自己判断をしながらプレーできるのかを熟考し、きめの細かい指導を続けた。
 
「僕には健太さんほどのカリスマ性はないので、同じことはできない。でも健太さんは絶対に細かい部分まで妥協せずに指導をして、自分なりの立ち居振る舞いや姿勢は絶対に崩さない。そこは見習いながら、自分なりの監督像を意識しています」
 
 長谷川監督に影響を受けながらも、ただ単に模倣するのではなく、自分の性格、積み上げてきた知見に基づいた、オリジナルの監督像を作り上げた。そのスタイルが徐々にチームに浸透し、やがて選手たちの意識を変えていく。就任1年目で1部復帰を果たすと、翌2016年にはチームを13年ぶりのインカレ優勝に導いた。
 
 指揮官の采配にも選手のプレーにも、いっさいの迷いが感じられない。厚い信頼関係で結ばれたチームがJリーグ勢を3試合連続でなぎ倒した。たしかに望外の快進撃だが、これは決してミラクルではない。
 
「次は間が開きますね。ここで浮かれず、これまで通りに選手たちと接していきます。いま以上に選手たちが自分自身で分析して戦える、そんなチームにしたいんです」
 
 ラウンド・オブ16は2か月後の9月20日。対戦相手はまだ決まっていないが、今度も間違いなくJクラブとなるだろう。
 
 だが、敵がアマチュアの大学生だと思って侮ると、きっと痛い目に遭う。彼らは考えながら戦う、「大人のチーム」なのだから。
 
取材・文:安藤隆人(サッカージャーナリスト)