<スタジアムと町が選手を強くする>

 世界のサッカークラブでは、それはひとつの常識になっている。人々の熱狂や愛情は、選手が成長する触媒になる。ただ、激しすぎたり、粘り気のある感情は、選手を窮地に追い込むこともあるだろう。そこに慈しみがあるかが問われる。


今季からサガン鳥栖に移籍した右サイドバックの小林祐三

 佐賀県鳥栖市は人口7万人。決して大きな町ではない。そこを本拠地とするサガン鳥栖がJ1というトップリーグにいること自体、ひとつの奇跡と言えるだろう。

 鳥栖の最大の長所は、スタジアムとそこに集う人々にあるかもしれない。ベストアメニティスタジアムは鳥栖駅の隣に位置し、老若男女、どんな立場の人も容易に通える立地にある。スタンドの傾斜も十分にあって、ピッチを近くに感じられ、熱気が渦になる。そして集う人々は基本的に好意的で辛抱強く、愛情を持ってチームを見守る。特筆すべきは、ゴール裏で選手を詰(なじ)る姿を見かけない点だろう。

 優しい目線を向けることで、選手を健やかにし、力を引き出す――。事実、エースである豊田陽平は北京五輪に出場後、失意のときを過ごしていたが、移籍してきた鳥栖で逞しく再生した。今やチームの顔となった谷口博之も、そのひとりだろう。また今シーズン、新たに入団して主力になりつつある原川力、小野裕二らも、前所属クラブでの不遇を晴らそうとしている。

「(鳥栖には)恩を感じますね。なかなか返しきれないほどの」

 今シーズン、横浜F・マリノスから移籍してきた右サイドバック、小林祐三(31歳)は神妙な顔つきで語っている。昨年末、6年間在籍した横浜から戦力外通告を受けた。昨シーズンも33試合に出場し、絶対的主力として存在感を示していただけに、青天の霹靂(へきれき)だった。

「自信を持ってプレーしていたのにアウトになってしまって。そんな自分に、鳥栖は手を差し伸べてくれた。正直、しっかり自分を見てもらえないなら、やめてもいいかな、とへこんでいたので。救われた気がしましたね」

 しかし、本当の試練はそこからだった。小林は「すぐに活躍してアピールを」と意気込んでいたが、膝に痛みが走る。軟骨がはがれかけ、ジョギングするだけで、鈍器で叩かれるような痛みを感じた。どうにか20分走れても、次の日は3分も走れない。不安は募った。結局は医師のセカンドオピニオンを採用し、手術で軟骨をクリーニングしてから鈍痛は消えた。

「移籍のタイミングだったので、『不良品をつかまされた。いい歳していきなり膝手術かよ』とか思われたらどうしようって。でも、1分も(公式戦で)プレーしていなかったのに、たくさんの鳥栖サポーターの方が『待ってます!』と温かく声をかけてくれたんです。今の自分を受け入れてもらっていると思うと、感謝しかなかったです。スタッフも『焦らないように』って。監督も『ナーバスになるな』と気にかけてくれました」

 小林は練習復帰後、ボールがいろいろなところに”当たる”感覚があったという。プレー勘の鈍りだろう。例えばインサイドキックは、イメージよりかかとやくるぶし近くに当たった。そこで一気にアクセルを踏まざるを得なかったら、空ぶかしでエンジンが焼き付いていたかもしれない。

「自分はこうしたケガをしたことがなかったので、それなりに不安でした。自分よりもっと苦労している選手は知っていますが、移籍のタイミングだっただけに、周りの人が信じてくれるのは力になりましたね。『今日の勝利は皆さんのおかげです』という台詞(せりふ)があるじゃないですか? もちろんこれまでも本気で言ってきましたが、心の底からそう思うし、このクラブや町に自分のプレーで還元したいですね」

 4月22日の第8節ヴィッセル神戸戦の試合終盤、守備固めで交代出場。小林は勝利で鳥栖デビューを飾った。第10節に古巣の横浜戦で1-0と完封勝利をして以降、7試合で3勝3分け1敗とチームの浮上に貢献。右サイドに鍵をかけ、そのプレー精度はむしろ向上している。

「今は少々自分の間合いを捨てても、前で奪えるなら、かわされてもリカバーすればいい、という気持ちでやれています。マリノスの頃は看板を少しでかくしすぎていたというか、『絶対にやられない、やられちゃいけない』というところがあったかもしれません。積極的に前にいけるようになったことで、むしろ(攻守の)引き出しが増えてきた気がしています」

 鳥栖という町に、魔力があるわけではない。それは絵本の世界の話で、小林が再生したのは、柏レイソル、横浜とプロとして積み重ねてきた実力があってのことだろう。しかし再生のきっかけを与えたのは、慈しみだったのかもしれない。

「強がりに聞こえるかもしれませんが、移籍してきてよかったと思っています」

 小林は屈託なく言う。同じ感覚を他の選手が感じているとすれば――。それが鳥栖で選手が再生する理由だろう。

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