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【AFP=時事】米バージニア(Virginia)州の消えゆくタンジール(Tangier)島の写真を撮るのは、いろんな意味で奇妙な経験だった。タンジール島は米東海岸のチェサピーク湾(Chesapeake Bay)の中へ徐々に沈んでいるが、500人近い住民の中で、気候変動を信じている人はほとんどいない。社会的な側面もある。男女の役割が厳しく決められていて、ちょっと1950年代に逆戻りしたような感じだ。それから言葉だ。

 私はずっとタンジール島についての記事を書きたかった。米首都ワシントン(Washington D.C.)から南東へ150キロに位置し、1850年以降、その土地の3分の2を失ったとされ、だから気候変動について語るにはいい題材のように思えた。気候変動の影響が実際に見える数少ない場所の一つだ。

 島へ行くには、1時間少しフェリーに乗る必要がある。私はフェリーに乗りながら、こう考えていたのを覚えている。「誰がこんな所に住みたいと思うのだろう? ひどく孤立しているではないか」

 ここではほぼ誰も(つまり男性たち)が漁師だ。海に行き、主にカニ、ついでにカキを捕まえる。カニ漁のほかには家の補修をするか、それ以外にほとんどやることはない。

 誰もが親密に結びついている。誰もに持ち場がある。女性の持ち場は家で、男性の持ち場は外でカニ漁だ。女性は島内をめぐる小規模の観光業もやっている。夏にはほぼ毎日、引退した人たちが大勢フェリーでやって来て、昼食を食べて土産店をのぞき、またフェリーに乗って本土へ帰っていく。

■厳しい暮らし

 島の人たちの考え方を目の当たりにすることが時々ある。私はこの記事を同僚のビデオジャーナリスト、エレノア・センス(Eleonore Sens)と取り組んだ。私たちが島に到着して最初にしたのは、ゴルフカートを借りること。島には車がほとんどないため、大半の人はこの手段で移動している。私たちは市長のジェームズ・「ウーカー」・エスクリッジ(James ‘Ooker' Eskridge)氏から借りた(前述したように、ここは小さな場所だ)。エレノアはゴルフカートを運転するのをとても楽しみにしていたので、市長が私たちに鍵を渡してくれたとき、私はそれを彼女に渡した。すると市長は、「君は彼女に運転させるのか?」と聞いてきた。彼は極めて真剣だった。少し現実離れした瞬間だった。

 島の人たちは厳しい暮らしをしている。男性は朝4時半に起きて海に行き、午後1時か2時までカニ漁をする。そして帰ってきてからは雑用をこなす。彼らの一日は夜8時か9時に終わり、翌日はまた同じことの繰り返しだ。

 島が緊密に結びついた社会だと言ったのは、本当だ。1700〜1800年代に英南西部コーンウォール(Cornwall)州やデボン(Devon)州から渡って来た数家族が住みついたとみられ、苗字は、プルイット(Pruitt)、パーク(Park)、プリチャード(Pritchard)など五つか六つほどしかない。みんながみんなを知っている。

■独自の言葉

 しかも、言葉すら違う。毎日、数少ない男性──いうなれば高齢者──が海から戻ってくると、彼らが言うところの「シチュエーション・ルーム(状況分析室)」に入り、その日の出来事などについて話し合う。島の住民の一人が、本土の人たちがカフェに行って友人とおしゃべりするのと同じだと教えてくれた。輪になって座り、たばこを吸い、話す。そして会が進むと、ほぼ独自の言葉である地元のスラングを入れてくる。エレノアと私はまったく分からなかった。後に米紙ニューヨーク・タイムズ(New York Times)で読んだところによると、そのアクセントは「植民地時代のコーンウォールなまりにバージニアなまりがかぶさったようなもので、長く言語学者や人類学者の興味を引き付けている」という。

 島で3日間過ごしたが、その孤立はまさに予想通りだった。テレビとインターネットはあったが、携帯電話の電波はほとんどなく、島の一角で弱々しい電波を得るのがやっとだった。そんな風にネットワークから外れているというのは、実に奇妙な体験だった。特に、メディアで働いている者として、常にメールや速報などのために携帯電話をチェックしているのだから。滞在中、私は本能的に携帯電話に手を伸ばし続けていた。だが得られた外の世界とのつながりは、妻に電話した時だけだった。

 奇妙だったが、同時にそういったものすべてから解放されてすがすがしく平和だった。だがあのようにずっと生きることは想像できない。

■「ここには何もすることがない」

 結局は水よりも先に孤立が、島を消滅させると言う人たちもいる。島に向かうフェリーの中でオーナーは、1世代後にはみんないなくなっているだろうと言った。若者たちはここに残って親たちのように漁をしたいとは考えていないからだという。正直言って、それはよく分かる。島ではすることがほとんどない。ある日、私たちは10代の孫息子にカニ漁を教えていた男性と話をした。その子はおそらく、13歳ぐらいだったと思う。その子に、学校に行っていないときは何をしているのかと聞いたら、私を見てこう言った。「何も。ここには何もすることがない」

 ここに住む人たちはとても敬虔(けいけん)なキリスト教徒のようだ。それはある日、私たちが水位の上昇を確認していたときに、キャロル・プルイット・ムーアさんが言った言葉に示されているだろう。「神はどこにでもいるが、タンジールに住んでいる」

 水位上昇の兆候は至る所で見られた。島は満潮時には海面からわずか120〜150センチの高さになった。かつて一度も浸水に見舞われたことのない家が今は定期的に浸水していると、住民たちは語った。「アッパーズ(Uppards)」と呼ばれる北部はかつて島の一部だったが、今はボートを使わないと到達できない。ある女性の家を訪れ、一緒にビーチへ行った時のことだ。数分しかかからなかった。小さいときは30分かかっていたと、女性は教えてくれた。その話は、人々の家に水がどれだけ迫っているかを実感させてくれた。

 島はゆっくりと消滅に向かっているが、島民は、気候変動を疑問視してパリ協定から米国の離脱を表明したドナルド・トランプ(Donald Trump)大統領をかたくなに支持している。80%以上がトランプ氏に投票した。島民の大半は海面上昇の原因が気候変動ではなく浸食で、最善の解決策は防波堤を築くことだと考えている。

■トランプ氏に望みを託す

 そして島民の多くがトランプ氏を、長らく続いたお役所仕事の後に政府の規制を取っ払い、島を救う防波堤を築いてくれる人物だとみている。島民は、島について多くの機関が多くの研究を行ってきたが時間がかかり、発表されるまでに状況が変わってしまうことが多かったと話した。そこで、トランプ氏に投票すれば、関連しているそれらの規制をすべて排除して、問題を解決してくれると考えた。

 また、メディアが島について報道したことで(米CNNは私たちのすぐ後に報じた)、自分たちの問題にトランプ氏が注目してくれると期待した。そしてどうやらそうなったようだ。私たちの訪問から数週間後、メリーランド(Maryland)州の新聞が島の市長の言葉を引用して、メディアの報道を見たトランプ氏が市長に電話してきたと報じた。そしてトランプ氏は、島の人々が求めていた答えをくれたようだ。「彼(大統領)は海面上昇については心配するなと言った」と、ソールズベリー・デーリー・タイムズ(Salisbury Daily Times)紙はエスクリッジ市長の言葉を引用した。「彼は言った。『君たちの島は何百年間もそこにあった。さらに何百年もそこにあり続けると、私は信じている』」

 なぜ、負けが見えているような自然との闘いに挑んで、そこに住み続けているのか理解できなかった。家が海にのみ込まれることなく、本土でも同じようにカニ漁ができるように思えた。

 島民たちはそれを運命だと感じているようだった──ここは私たちの土地で、私たちはとどまるのだと。自分たちの土地にとどまるという島民の覚悟には、畏敬の念と感動を覚えた。

このコラムは、米首都ワシントンに拠点を置くジム・ワトソン(Jim Watson)カメラマンが、AFPパリ(Paris)本社のヤナ・ドゥルギ(Yana Dlugy)記者と共同執筆し、2017年7月3日に配信された英文記事を日本語に翻訳したものです。

【翻訳編集】AFPBB News