ピッチの中央でボールを保持する時間が長いチームは危ない。僕にはこれが真実であるとの確信があるが、少なくとも日本では聞かされることがない話だ。重要視されているようには思えない。ところが先日、知人編集者から送ってもらった翻訳本をめくっていると、やはりと思わせる記述が目に止まった。
 
「サッカーマティクス」(デーヴィッド・サンプター著、千葉敏生訳・光文社刊)。サッカー+マスマティクス(数学)。サッカーに数学的な視点を様々な角度からあてがった単行本だ。
 
 その中で、著者が言及した試合のひとつに、14−15のチャンピオンズリーグ準決勝第1戦、バルセロナ対バイエルン(3−0)があった。
 
 要約すればーー両軍のパスのネットワークを分析すれば、バルセロナが中央の支配をバイエルンに譲り、左右バランスよく構えたのに対し、バイエルンの選手は中央に固まる傾向があった。バイエルンはバルセロナよりパスを多く出したが、円を描くばかりで、中央で停滞したーーとなる。
 
「バルセロナはスアレスを機首に据え、バランスの取れた両翼を広げ、まるでジェット戦闘機のごとくピッチを飛び回った。一方のバイエルンは、環状交差点にはまりこみ、いつまでも同じところをぐるぐると回りつづけたのであった」(本文よりそのまま抜粋)
 
 環状交差点(ラウンドアバウト)にはまり、身動きが取れなくなれば、ボールを奪われる危険は増す。中央で奪われることと、サイドで奪われることと、どちらがリスクが高いかといえば中央だ。単純にゴールまでの距離がサイドより近い。いきなりバイタルエリア等々の危険な箇所に侵入されやすい。また、中央で構える選手が瞬間、逆モーションになりがちで、泡を食いやすい。サイドで奪われるよりピンチに直結する。
 
 ピッチの中央でボールを保持する時間が長いチームが危ないことは明々白々。奪いたい箇所は中央。奪われてもリスクが低い場所はサイド。いわゆる攻守の切りかえが、どこで発生するか。試合を観戦する上で見逃せないポイントだ。にもかかわらず、日本ではそれが語られていない。
 
 むしろ、中央中心主義的なサッカーが目立つ。危険地帯でのパス交換を好む傾向にある。
 
「サッカーマティクス」の分析は、パスの本数など、詳細なデータに基づいているが、見た目でもある程度確認できる。それぞれの陣形がどんな形をしていて、お互いが相まみえた際に、どのような化学反応が起きるか。それは将棋より、いっそう陣取り合戦的な要素を含む囲碁に似ている。
 
 相手を中央に誘い出し、両サイドからサンドウィッチするように、プレスを掛けて挟み込む。だからこそ、サイドで主導権を奪う必要がある。
 
 サイドを制するものは試合を制するーーは、現代サッカーの格言だ。真ん中を制するものは試合を制するーーは大間違いだ。
 
 以前にも出した例で恐縮だがーー06−07のチャンピオンズリーグ決勝トーナメント1回戦、PSV対アーセナルを引き合いに出したくなる。中盤フラット型4−4−2のアーセナルに対し、PSVは中盤ダイヤモンド型4−4−2の変形版(センターフォワード不在の0トップ型)で臨んだ。

 PSVのサイドアタッカーは、4人の中盤の両サイドを半サイドアタッカー(0.5人分)と見なせば、両サイド各2.5人。対するアーセナルは両サイド各2人。両サイドにおいて0.5人分の優位に立ったことで、弱者PSVは強者アーセナルに対し、サイドを制することに成功した。アーセナルの攻撃が真ん中に偏り停滞するところを、両サイドで優位に立つPSVが挟み込む。アーセナルの攻撃は行き場を失うことになった。番狂わせが起きた、最大の原因と言っていい。