毎年の香港返還の記念日に、香港や中国の民主化を訴えておこなわれる七一デモ(七一大遊行)は現地の風物詩だ。香港では英国植民地時代以来、完全な普通選挙による民主主義体制が根付いたことは一度もないが、一方で言論や表現の自由は保障されてきたため、デモや社会運動を通じて主張を訴える文化が定着している。なかでも七一デモは中国政府に批判的な香港人にとって最も重要なイベントのひとつだ。

 このデモは、参加者数そのものが香港社会の対中国感情をはかるバロメーターですらある。例えば、中国政府がSARS(重症急性呼吸器症候群)流行の情報を隠蔽した2003年には50万人が参加した一方で、港中関係(香港と中国の関係)が良好だったゼロ年代後半の参加者数は4〜8万人程度。さらに雨傘革命前夜の反中感情の盛り上がりが見られた2012〜2014年には例年40〜50万人が参加……、という具合である(参加者数はいずれも主催者発表)。


デモの集合場所付近の路上は香港のさまざまな政治団体や社会運動団体の見本市のようになっていた。たとえ似たような主張をしていてもあまりひとつにまとまらず、小規模な組織がたくさん存在するのが香港の特徴だ。


七一デモの出発場所付近でデモ隊に罵声を浴びせる、親中国派の団体。話をしてみると、意外にも中国大陸から来た人たちではなく中高年層の香港人が多かった。


香港返還20周年ではなく、「陥落20周年」。中国政府の統治に違和感を持つ人にとっては、こちらの表現のほうがしっくりくるようだ。


小雨が降るなか、デモのルート上で街頭演説していた「雨傘革命の女神」女子大生活動家の周庭。立ち止まって写真を撮る外国人記者も多かった。


今年の人出は不調だったとはいえ、それでも数万人が政治主張を掲げて街を歩く様子は圧巻だ。香港の市民はデモ慣れしており、騒音や交通規制に文句を言う人は少ない。

 今年6月30日、中国外交部は香港の返還後50年間の自治を定めた中英共同宣言を「現実的な意味を持たない」とする声明を出し、旧宗主国のイギリスの意向を無視してでも取り込みを進めていく姿勢を示した。また6月末、中国人民主活動家の劉暁波が、中国国内の獄中で末期ガンに侵されていた(現在は一時釈放され療養中)ことが判明し、香港の民主派の間では衝撃が広がった。香港社会の対中国感情も悪化の一途をたどっている。

 だが、それにもかかわらず今年の七一デモの参加者数は6万人にとどまり、昨年の11万人の約半分に落ち込んだ。習近平が返還20周年を祝って香港を訪問中で街がピリピリしていたことや、ときおりスコールがパラついた当日の天候も一因だろうが、それ以上に濃厚なのは社会を覆う無力感だ。現地のある大学生はこう話す。

「2014年の雨傘革命は成果が出ず、いくらデモをしても社会は変わらなかった。昨年の立法会(香港の国会に相当)選挙も今年の行政長官(大統領に相当)選挙でも、親中派に有利な選挙制度のせいで、中国に不満を持つ人の声は反映されなかった。最近は政治に対する絶望すらも広がっています」

10人に6人が「30年後には移民している」

 中国に逆らってもムダ、声を上げてもムダ――。そんな香港のやるせない雰囲気を如実に示すのが、7月1日付けの現地紙『アップル・デイリー』が掲載した世論調査である。30年後の2047年(中英共同宣言が取り決めた「香港の高度の自治」を認める返還50年目の期限に該当する)に香港がどうなっているかを尋ねた調査の回答は、例えば以下のようになった。

<香港に真の普通選挙は実現していると思うか?>
・実現している 8.4%
・実現していない 70%
・わからない 7.2%
・たとえ普通選挙で当選した人物が出ても北京が任命を認めない 14.5%

<香港の人口構成は香港人(返還前の香港出生者やその子孫)と新移民(返還後に香港に移民した中国大陸出身者)のどちらが多くなっているか?>
・香港人がより多い 9.6%
・新移民がより多い 64.6%
・香港人と新移民が半々である 19.4%
・わからない 6.4%

<あなたは2047年にまだ香港にいるつもりか?>
・香港にいる 17.6%
・海外に移民 59.5%
・中国大陸に戻る 5.2%
・わからない 17.6%

 ピンとこない人は「日本の民主主義体制は30年後も続いているか?」「人口構成は30年後も日本人が多くを占めているか?」「30年後もまだ日本にいるつもりか?」という質問に置き換えてみてほしい。衝撃的な結果と言っていいだろう。


7月2日、デモの様子を肯定的に伝える反中派の『アップル・デイリー』紙(左)と、「挑戦は許さない」と中国国旗を背景にした習近平の姿を大写しにする親中派の『東方日報』紙。香港ではアップル紙以外のほぼすべての新聞が親中派に変わった。

 現在の香港人の多くは、かつて中国大陸の内戦や共産主義化を嫌って香港に逃げ込んだ亡命者の子孫であり、自分たちの社会を「損切り」するハードルが低いことも、こうした回答につながっていると見られる。ともかく、強い失望を反映した回答なのは間違いない。

「香港独立派」も空回り中

 ところで、中国政府に批判的な立場をとる香港人は、中国の主権下の高度な自治(一国二制度)の枠組み内で政治の民主化を求める従来型のリベラル派「民主派」と、中国の主権を否定して香港の独立を求める「本土派」(香港独立派)の2つに分かれる。例えば、2014年の雨傘革命の中心になった学生運動家のジョシュア・ウォンや周庭は、思想的にはやや民主派寄りだ。

 いっぽう、後者の本土派は2010年代に生まれた急進派である。穏健な政治改革を求めた雨傘革命の失敗や、香港社会の嫌中ムードの高まりを背景に影響力を強めた。中国を「支那(ズィーナー)」と蔑称で呼んだり、一部の過激グループが街角で中国人の爆買い客を罵る活動をおこなうなど、ややヒステリックな側面があるが、昨年の立法会選挙で本土派系の「青年新政」に属する議員が2人当選するなど、若者を中心に一定の存在感を示しつつあった。

 だが、この本土派も現在はいまいち低調だ。原因のひとつは、上記の両議員が昨年10月の就任宣誓の際に中国を「支那」呼ばわりし、議場に「香港は中国ではない」と書かれた幕を持ち込むなどの事件を起こしたことだ。結果、中国政府が政治介入をおこない、両議員の資格を剥奪。かえって香港の政治的な自治が損なわれる結果を生んだ。

「本土派の代表の立法会入りを喜んでいただけに、彼らの幼稚な行動には本当に失望しました。中央の介入を招いてクビになってしまったんです。香港の独立を存分に主張してほしかったのに、戦いの『入り口』でくだらないパフォーマンスをやったせいで、議員としては一言も発しないまま議席を失った。票を返してくれと言いたいですよ」

 本土派の古参グループ・香港自治運動のメンバーであるヴィンセント・ラウは、青年新政の体たらくをそう嘆く。昨年前半まで、支持者の絶対数は少ないものの(おそらく香港住民の1割程度)着実に勢力を伸ばしてきた本土派は、この事件によって「気落ちした」「大きく打撃を受けた」という。


取材に応じたヴィンセント。彼が所属する香港自治運動は近年活動がやや低調だが、本土派としては最古参なので諸事情に明るい。

「ジョシュア・ウォンたちの政党『香港衆志(デモシスト)』は、若いけれど青年新政よりも成熟しています。彼らの政治的立場は民主派に近いので、私とは考えが異なりますが、頑張ってほしくはありますね」

 とはいえ、香港の社会全体を政治への失望感が覆うなか、最後の期待の星である香港衆志の人気もそれほど高くはない。いっぽう、七一デモの当日、警官が香港衆志のメンバーに「俺が銃を抜かないとでも思っているのか?」と恫喝的な言動をおこなったり、民主派の社会民主連線の主席が警官に蹴られる様子が現地紙のカメラマンに撮影されるなど、中国政府の意向を受けた香港当局による圧迫は強まっている。

「雨傘革命以来、香港の警察は明確に暴力的になりました。2014年には公民党(民主派)の党員が警察にリンチされる事件がありましたし、去年の2月に旺角地区で騒乱があったときは、私のすぐ目の前で警察が威嚇発砲をおこないました。以前の香港ならあり得なかったことばかり起きています」(ヴィンセント)

 2013年の習近平政権の成立と前後して、香港の中国化はいよいよ加速した感がある。今後の香港は普通選挙の導入どころか一国二制度の現状維持すらも危うく、中国に飲み込まれる未来しかない。それに抵抗する勢力は、民主派も本土派もいまいち勢いに欠け、打開策は見つからない――。現状はかなり厳しい。

 中国の支配に違和感を持つ香港の人々は果たして「移民する」以外の打開策を見つけることができるだろうか。2047年までに残された時間は、もはや決して多くない。

写真=安田峰俊

(安田 峰俊)