まさか、まさかの「ライアン小川」クローザー失敗

 長い間生きていればいろいろなことがある。思い通りにいかないことなんてザラだということも、これまでの経験則でよく知っている。それでも、言葉を失ってしまうような事態に直面した際に、人は内省的になり、哲学的になってしまうのかもしれない。「あの日」以来、さまざまな思考が頭を渦巻き、とりとめなく煩悶する日々が続いている。

 ……何のことか? ヤクルトのことである。7月7日の「七夕の惨劇」のことである。5点リードの9回から登板した新守護神・小川泰弘が3本のホームランを浴びてまさかの6失点。もはや笑うしかないほどの大逆転劇を喫し、8対9と大惨敗したあの夜のことである。首位と最下位とは、こうも違うものなのか? ただただ広島東洋カープの強さを、そして彼我の実力差をまざまざと見せつけられたあの夜の涙のことである。


新クローザーに任命された小川泰弘 ©文藝春秋

 報道によれば、試合後には一部ファンがクラブハウスに押し掛け、真中満監督に対して「辞めろ」「謝罪しろ」と抗議活動を行ったという。実際には、怒りが収まらない一部のファンの行動が大げさに報じられたようだが、あの大人しいヤクルトファンでさえ、つい罵声を浴びせたくなるほどの惨劇であったのは間違いない。僕もまた、大声を張り上げたいほどの衝動に駆られたけれど、惚れた者の弱み。「それでも、チームを愛おしく見つめ続けることしかできないのだ」と、近所の安酒場で焼酎をあおり続けることしかできなかった。

 でも、シーズン途中で監督が休養しようと、更迭されようと、ドラフト政策の失敗、若手育成ノウハウの不備、ケガ人防止のケア体制の欠如などの根本的な問題解決には何もつながらないと個人的には思う。もちろん、異論があることも承知している。それでも僕は、真中監督をはじめとする首脳陣を信じ、故障者続出の中で奮闘を続けるスワローズ戦士たちを信じて、神宮球場に通い、変わらずに応援を続けるしかないと思っている。

 ちなみにこれまで、国鉄、サンケイ、ヤクルト時代を通じて、シーズン途中で監督が休養したケースは過去に7度ある。

1965(昭和40)年・6位 林義一 → 砂押邦信
1967(昭和42)年・5位 飯田徳治 → 中原宏
1970(昭和45)年・6位 別所毅彦 → 小川善治
1976(昭和51)年・5位 荒川博 → 広岡達朗
1979(昭和54)年・6位 広岡達朗 → 佐藤孝夫
1984(昭和59)年・5位 武上四郎 → 中西太 → 土橋正幸
2010(平成22)年・4位 高田繁 → 小川淳司

 ここに、新たな歴史が刻まれないことを願ってやまない。とにかく、真中監督には、ぜひともシーズンをまっとうしていただきたいのだ。


頑張れ、耐えろ、くじけるな!

 成績が低迷すれば、その矛先は監督に向けられるのは当然のことである。勝負の世界に生きるプロ野球の監督職というのは、そういうものなのだから。真中監督だって当然、その覚悟を抱き監督を引き受け、ベンチで采配を振るっているのだろう。実際にネット上では、さまざまな「真中批判」が噴出している。

 ざっと挙げてみるだけでも、「勝負への執念が見えない」「重症な左右病(左投手には右打者を、右投手には左打者をという固定観念に凝り固まりすぎ)」「選手任せ」「負けても他人事のよう」「無策」……といくらでも批判の言葉は見つかるし、今回の「ライアン小川のクローザー転向」に関する辛辣な意見も多い。

 2年連続最下位だったチームを受け継ぎ、就任1年目の2015年に見事にリーグ制覇。真中監督には感謝の思いしかない。71年早生まれの真中監督とは「同級生」でもあり、彼が監督に就任した際には、「ついに同い年の監督がヤクルトに誕生するのか!」と感慨深かった。その真中監督が苦境に陥っている。今こそ、ファンとして、同世代の一人として、彼を応援したい。いや、より一層の応援をする。

 僕は、書棚から一冊の本を取り出す。真中監督の著書『できない理由を探すな!』(ベースボール・マガジン社)だ。優勝した翌年、16年の3月に発売された本だ。自らの座右の銘をタイトルに掲げた本書の中で、真中監督はこんなことを述べている。

 監督に就任して、まず選手に伝えたことは「自己限定をするな。変化を恐れるな」ということでした。

 チームを立て直すためには、新しい発想によって、新しいことを取り組まないと先に進むことはできません。そこにできない理由はないのです。

 このたび断行された「ライアン小川リリーフ転向」こそ、故障者が続出して、低迷するチームへのカンフル剤として、まさに「新しい発想によって、新しいことを取り組まないと先に進めない」と決断したことなのだろう。その是非は、もちろんある。7日に続いて、9日の広島戦でも小川が打たれ、ヤクルトは目前で勝利を逃した。ひょっとしたら、この決断は失敗なのかもしれない。しかし、その判断を下すのは、もう少し先でもいいのではないだろうか?

 結果が伴わないとき、ファンはどうしてもいら立ちを隠せなくなる。もちろん、僕だってそうだ。けれども、もう少し、もう少しだけ、真中監督がトライしようとしている「新しい発想」を「新しいこと」を見守っていきたいとも思う。惚れた者の弱み、それがファンというものだと思うから。

 「七夕の惨劇」の翌日、僕はたまたま真中監督にインタビューする機会に恵まれた。別の媒体で記事にするので、詳細をここで触れることは控えるけれども、真中監督は「さんざん悩んで下した決断。もちろん、全責任を背負うつもりでいる」と言い切った。僕はこの言葉の重みを噛みしめる。願わくば、この決断が吉と出て、チーム状態が上向くことを期待している。けれども、もしも凶と出た場合、チームがさらにどん底に沈んだとしても、それでも見守り続けるつもりだ。

 心の中で、僕はいつでも叫んでいる。「頑張れ、耐えろ、くじけるな!」と。真中監督へ、そしてヤクルトナインへ、いつもこのフレーズを叫んでいる。

 2017年7月7日――僕は、この日のチケットをずっと大切に持ち続ける。何かが変わるきっかけとなる敗戦、後に「あの負けがあったから、今がある」と笑える日となるチケットだからだ。これで何も変わらなかったら、しばらくの間は何をやってもダメだろう。見捨てはしないけれど、自浄作用が何も働かないチームに、明るい未来はない。

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(長谷川 晶一)