北朝鮮の代表的な料理、平壌冷麺(資料写真、出所:)


 北朝鮮の核・ミサイル開発の資金源とも言われるのが、国外に散らばる北朝鮮レストランだ。日系企業が集中する上海・虹橋開発区の後背地、古北新区の一角にも北朝鮮レストランがある。

 6月上旬の昼どき、筆者は北朝鮮レストラン「平壌高麗館」がある黄金城道を知人の中国人と歩いていた。すると、派手なピンクのチョゴリを着た美女2人が、チョゴリの裾をヒラヒラさせながらこっちに駆け寄ってきた。そして私たちの行く手を“とおせんぼ”しながら、中国語でこう話し始めた。

「ここにおいしいレストランがありますよ。ビビンバ35元(約560円)、とっても安いですよ。ランチはここで食べて行きませんか?」

 声をかけられたのは私たちだけではない。黄金城道にタクシーが停車すると彼女たちはすかさず駆け寄って、降車する客を取り囲む。“私の美しさで落とせない男はいない”とでも言わんばかりに、男性へのアタックは強気で、執拗だ。「ノー」と振り切るにはよほどの強い信念が必要だろう。

 同行の女性は「朝鮮料理?」と一瞬渋ったものの、「安いから行ってみよう」と言い出した。彼女たちの強引な客引きに半ば屈する形で、結局、北朝鮮レストランでランチをとることになってしまったのである。

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「制裁」どころか大々的な営業活動を容認

 国際社会は北朝鮮に対してますます厳しい態度で臨むようになっている。だが、贅沢な内装を施したレストランは、想像以上に賑わっていた。ちなみに、筆者が訪れた翌日には、国連安全保障理事会が北朝鮮への追加制裁の決議案を全会一致で採択している。

 北朝鮮の立場は日に日に追い詰められているが、彼女たちはまったく意に介する素振りを見せない。それどころか、昼間から堂々と派手な客引きを展開する。

 中国が国際社会に足並みを揃えるのならば、中国全土に散らばる北朝鮮系のレストランを「営業停止」にするぐらいわけないことだろう。中国で展開する韓国のロッテマートが制裁を受けているように、北朝鮮系のレストランに制裁を加えて虫の息にさせることは容易なはずだ。

 だが、中国は放置している。むしろ、北朝鮮レストランは路上で大々的に営業活動を行い、客をかき集めている。レストランのすぐ近くの銀行の行員によれば、「この手の強引な客引きは4月ぐらいから見られるようになった」と言う。4月には米中首脳会談が行われ、習近平国家主席が、国連安全保障理事会の対北朝鮮制裁決議を全面履行すると表明した。それを受けて、金正恩政権がさらなる外貨不足に備えて、国外の労働者に発破をかけたと想像することもできる。

怖い顔をして「店内は撮影禁止」

 着席すると、ウエートレスに真っ先に尋ねられたのが国籍だった。「あなた、どこの人?」と尋ねてきたので「日本人ですよ」と答えた。すると彼女は訛りのある中国語で「この店は中国人も来るし、日本人も来る。韓国人だって来るんですよ」と言う。「北朝鮮はどの国からも悪く思われていない」ということを強調するかのような言い方だった。

 ウエートレスはビビンバをかき混ぜ冷麺をはさみで切りながら接客してくれた。彼女をスマホで撮影しようとしたら、「不可以拍照(写真はダメです)」とレンズを手でふさがれた。怖い顔をして、店内は撮影禁止だと言う。

この直後、撮影を拒否された。上海の北朝鮮レストランにて(筆者撮影)


「中国で、いまどき撮影禁止の店なんてないでしょう」と反論すると、リーダー格のような女性が出てきて「かつて画像を悪用されたことがあるから」と言い訳をする。見わたしてみると、10名以上いるチョゴリを着た店員は、常に客の動向を気にしている。撮られてはまずい理由が他にあるのだろう。

 それでも同行の中国人女性は、北朝鮮の女性の物腰の柔らかさに「中国人にはこんなサービスはできない」と満足していた。だが、チョゴリ姿の美女たちによるサービスも、所詮は金政権の“やらせ”かと思うと、筆者は興ざめだった。むしろここでの食事が北朝鮮の核開発資金になっていることを思うと、とても料理を味わうことはできず、自分はなんて馬鹿なことをしているのかと後悔の念が沸いてきた。

スーパーへの買い物も1人では行けない

 中国国家旅行局の最新の統計によれば、2015年、北朝鮮から中国への渡航者は18万8300人にまで増加した。渡航者の半数は「服務員工(ワーカー)」であり、工場や飲食店で働くことを目的とした渡航の割合が非常に高い。おそらく外貨獲得のための出稼ぎとして、本国から派遣されているのであろう。最近は「プロジェクトごとにチームを組んで渡航し、ソフトウエア開発に従事するエンジニアも少なくない」(中国における北朝鮮労働者事情に詳しい韓国人研究者)という。

 また、性別は男性が15万8200人、女性が3万0200人、年齢は45〜64歳が最多で9万9700人、続いて25〜44歳が7万2400人となっている。

 前出の研究者によると、レストランで働く彼女たちの月収は平均600ドル(7万円弱)で、北朝鮮の単純労働者の約2倍に相当するらしい。そのうち3分の2が“上納金”であり、自分の手元に残る金額は200ドル程度だという。

 彼女たちは中国で集団で暮らしており、生活は宿舎と職場を往復するだけだ。自由はなく、スーパーへの買い物も1人では行けない。「いつも監視員に管理されており、買い物などは監視員が代行します。ただし、監視員は“世話役のおじさん”でもあり、窮屈さを感じるよりも、むしろ精神的な拠り所としているところがあります」(前出の研究者)。

 路上でキャピキャピと楽しそうに営業活動する彼女たちを見ている限り、確かに窮屈そうに暮らしている印象は受けない。色つやもよく、上海の都会の女性たちよりもずっときれいだ。

 とはいえ、北朝鮮からの派遣労働者の「奴隷のような暮らし」ぶりは中国ではよく伝えられる。また、「中国での北朝鮮労働者たちは、スマートフォンも持てない上に、中国人との交流もできない。恋愛は、なおさらご法度」だと中国の電子メディアは伝えている。

夜は「華麗な美女の舞い」?

 さて、北朝鮮レストランで食事を食べ終わる頃、カメラを手でふさいだウエートレスが再び寄ってきて「夜はショーもあるから、ぜひ来てね」としつこく誘ってきた。「一度店に来た客はつかんで離すな」というお達しでもあるのだろうか。それにしても、たいした営業力である。

 筆者たちは誘いに乗らなかったが、これが男性客ならそうもいくまい。“華麗な美女の舞い”見たさに、「制裁」を忘れて足を運んでしまうかもしれない。

 北朝鮮の外貨獲得の手段は根絶するべきだが、北朝鮮との「血の同盟」という伝統が残る中国では、そうもいかないのが現実のようだ。

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筆者:姫田 小夏