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1903年12月17日、米国ノースカロライナ州キルデビルヒルズの砂丘で、ライト兄弟が人類初の動力飛行機での有人飛行に成功した時の写真(出社:)


(文:澤畑 塁)

「全米ベストセラー」だという。ときとしてあまりにも軽く使われてしまうこの宣伝文句であるが、しかし、この本に関してはその言葉に嘘偽りはないようだ。

 原書は2015年5月に刊行され、5月下旬から7月上旬の7週に渡ってニューヨーク・タイムズのベストセラーリスト(ノンフィクション部門)の1位を記録。また本邦訳書の刊行時点で、Amazon.comの書誌ページには5000を超えるレビューが寄せられていて、その平均評価は5点満点中の4.6である。いやはや、文句のつけようがないベストセラーではないか。

 本書『ライト兄弟 イノベーション・マインドの力』は、そのタイトルどおりライト兄弟の伝記である。幾多ある伝記のなかで、本書がそこまで多くのアメリカ人の支持を得ているのには、いくつかの理由が考えられる。

 そのひとつは、著者のデヴィッド・マカルーが卓越したライターであることだろう。邦訳書の少ない著者ではあるが、これまでに物した11の作品のうち、2作品でピューリッツァー賞を受賞、そして別の2作品で全米図書大賞(歴史・伝記部門)を受賞している。実際に彼の文章を読んでいると、淡々としながらも軽やかに進む展開に惹き込まれ、「早く先を読みたい」という思いから、ページを繰る手につい熱が入ってしまう。

 そしてもうひとつ理由を挙げるとすれば、それは、ライト兄弟の人となりではないだろうか。牧師の子で、勤勉にして謙虚。ふたりとも大学は出ておらず、自分たちの手で自転車店を創業し、その稼ぎで飛行機製作費用のすべてを賄っている(彼らのライバルが何万ドルもの公的な支援を受けていたのとは対照的だ)。史上初の記録をいくつも打ち立てながら、語った言葉は「自分は空を征服などしていない」。こんな偉人が同胞だとしたら、どこの国の人が愛さずにいられるだろうか。

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たった5人だった目撃者が100万人に

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 さて、ライト兄弟がなした最大の偉業といえば、もちろん「人類初の動力飛行」である。そして本書の前半部も、1903年12月17日にその偉業が成し遂げられるまでのドラマに充てられている。しかし、本書の残り半分が示しているように、彼らの挑戦はそこで終わりではなかった。

 じつは、兄弟の歴史的偉業もすぐさま熱狂をもって迎えられたわけではない。そもそも、僻地で成し遂げられたその偉業を実際に目撃したのは、たったの5人にすぎない。また当時、そのニュースを耳にした人たちの反応は、驚くべきかな、その大半が「疑い」と「無関心」であった。だから兄弟は、自分たちが現にそれを成し遂げたことを、そしてそれがまさに偉業であることを、世界に対して証明しなければならなかったのである。

 こうして兄弟たちの第二の挑戦が始まる。新たな挑戦の舞台は、ヨーロッパ、とりわけ飛行技術に対する熱狂に包まれていたフランスである。自らの歴史的偉業を世界に知らしめること、そして自分たちの飛行機を世界へ売り込むことこそが、そのミッションであった。

 ただフランスでも、兄弟は最初から熱狂をもって迎えられたわけではない。輸送上の問題などもあり、なかなか実演を見せられなかった兄弟に対して、メディアは「フライヤー(飛行家)かライヤー(大嘘つき)か」と書き立てた。兄のウィルバーはそんな風評にも耐え忍び(というよりほとんど意に介さなかったようだが)、1908年8月8日、フランスのル・マンにてついに公開実演の機会を得る。


作者:デヴィッド マカルー 翻訳:秋山 勝
出版社:草思社
発売日:2017-05-18


 それは文字どおり「失敗の許されないフライト」であった。いまかいまかと固唾を飲んで見守る大勢の観客たち。そんななか、ウィルバーは「ではこれから飛びます」と告げ、その宣言どおり見事に空を舞う。飛行時間は2分弱、飛行距離は3.2km。機が旋回するたびに、観客から大きな歓声が湧き上がる。ライト兄弟が自らの名声を不朽のものにした瞬間であり、「世界各地で機械飛行の新時代が始まった」瞬間であった。

 その後のライト兄弟についても本書は詳しい。おもしろいのは、フランスでの公開実演を成功させたことで、兄弟はあらためて母国アメリカで国民的なヒーローになったことだ。周囲の疑いと無関心が、かつてないほどの賞賛と熱狂へと変わっていく。

 それを象徴するエピソードが、1909年にウィルバーがニューヨークの上空を飛んだときのことだろう。1903年、彼らが歴史的偉業を成し遂げたとき、それを目撃したのはわずか5人であった。それから6年後、兄弟の飛行機がニューヨークの上空に現れたとき、それに対して熱烈な視線を向けていたのは、なんと100万人であったと言われている。このあたりの記述は、読んでいて胸がスカッとし、「それ見たことか!」と叫びたくなるところだ。

トム・ハンクスの製作でテレビドラマ化

 本書のストーリーがどれほど人を惹きつけるものであるかは、すでに述べたとおりである。アメリカでの爆発的ヒットに比して、日本ではいまだ多くの読者を得ていないようであるが、それはひとつには、本の分類上の問題などもあって、この邦訳書がいまだしかるべき読者の目に触れていないからだろう。ストーリーのおもしろさは折り紙付きなので、ポピュラー・サイエンスのファンなどもぜひ本書にチャレンジしてほしいと思う。

 なお、アメリカで大きな成功を収めたこともあって、本書はすでにテレビドラマ化が決定している。ドラマの製作にあたるのは、俳優にして監督・プロデューサーのトム・ハンクス。日本で放送されるかどうかはわからないが、そちらも楽しみにしたい。

飛行機物語―航空技術の歴史 (ちくま学芸文庫)
作者:鈴木 真二
出版社:筑摩書房
発売日:2012-12-01

 ライト兄弟以前の時代にまで遡り、航空技術の歴史を、その基礎的な知識を絡めながら述べた概説書。

空の黄金時代: 音の壁への挑戦
作者:加藤 寛一郎
出版社:東京大学出版会
発売日:2013-11-19

 ライト兄弟が活躍したその後の時代、とくに人類が音速超えを目指した時代までを扱った本。著者の文体はかなり独特だが、読んでいるうちにハマってくるから不思議。

 

澤畑 塁
1978年生まれ。専門書出版社に勤務。営業職。大学では哲学を専攻していたものの、最近の読書はもっぱらサイエンス系。ふたりの子どもと遊ぶ時間のため読書時間は半減しているが、それはそれでわるくないと感じている昨今。

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筆者:HONZ