佐藤琢磨選手を中心に三位一体で挑んだインディ500

 2017年7月9日に、アメリカのアイオワ州にて行われたインディカーシリーズ第11戦。佐藤琢磨選手は、ホンダ勢最上位となる5番手スタートも、トラブルにも見舞われて16位フィニッシュとなった。

 そんな佐藤琢磨選手は先日、日本人初となるインディ500制覇の偉業を成し遂げた。その走りを陰で支えたのが「スポッター」と呼ばれる、走りの戦略をリアルタイムで支える役割を担った、ロジャー安川さんだ。ロジャーさんは自身もドライバーとしてインディカーを闘った経験をもつ。

 今回はそのロジャーさん本人の手記を掲載したい。

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「佐藤琢磨選手インディ500優勝!」という、この伝統的なレースを制する快挙に、僕はスポッターとして携うことができました。ドライバーではなくスポッターと言う立場でしたが、一緒に戦うことができ、しかも日本人初優勝という歴史に携われて、本当に光栄に思います!

 今年のインディは練習走行から琢磨選手は快調な走りを見せ、予選も4位を獲得。確実に勝負のできるマシンに仕上がり、決勝もかなりいけるだろうと確信をもって、レースに挑む準備をしていたレース2日前のことでした。琢磨選手から突然のLINEで「明日Koheiと一緒にパレードに出よう!」と連絡がありました。

 自分はスポッターとしてずっと琢磨選手のサポートをしていますが、もうひとりKoheiさんは琢磨選手の体調、健康、フィジカル面をサポートするフィジオ及びトレーナーを務めています。僕の役割はオーバルだけとなりますが、Koheiさんは毎戦一緒に琢磨選手と戦っています。だからこそKoheiさんはスポッターと同じくらい、もしかしたらシーズンを通すとそれ以上に重要なサポート役なのです!

 我々の仕事は、琢磨選手が常に100%レースに集中できるよう不安要素をなくし、毎戦ルーティンとしてやっている事をしっかりと行ない、レースに万全で備えることです。そんな僕たちをパレードに誘ってくれたときは驚いたというか、自分が同乗しても良いものかと思う反面、今年はなんだか勝てる気がするという一心で図々しく乗ってしまいました! 隣にはアロンソ(インディ500にスポット参戦したF1ドライバーのフェルナンド・アロンソ)がいるだけに、パレードを盛り上げるぞという気合いも入ってましたけどね!? (笑)

 今思うとパレードのときから、チーム一体となり戦うんだと自分自身のマインドも、レース中の「ゾーン」に入っていく気がしました。

 レース・デーは朝起きてから不思議なくらいすべてがうまくいく。それは細かく言えばトイレに行くタイミングや、スポッタースタンドに辿り着くまでのすべてについて思うように時間は進み、不思議なことに「今日は敵なしだな」と思ってしまうくらいでした。そしてレースの詳細はここで記すまでもなく、完璧な内容でインディ500を制覇!

 このときに自分の頭に入ったのは、心からおめでとうだった! チェッカー直後に無線で伝えたいものの、本人は無反応!? どうやら本人曰くチェッカーフラッグが本当に振られていたのか、レースが終わったのか、状況を把握し実感するのに少し時間がかかったようです。しかしターン1に差し掛かる手前で「ウォ〜!!」と感激の叫び声が無線を通して入り、その後に安心して僕は琢磨選手に日本語で「おめでとう!」と伝えることができました。

第三の目としてライバル車の位置を伝える

 スポッターとは一体どんな事をするのかと良く質問がありますが、単純に説明すると「第3の目」として周囲を走るクルマの位置を無線で伝える役割となります(因みに無線機はジャパンブランドのKenwood社製を使用)。インディ500では380km/hの平均速度で争うなか、サイドミラーは小さく振動し後ろは殆ど見えないので、ブラインドスポット(視覚に入らない場所)にライバルがいるのを伝えることは、ドライバーにとって非常に重要な役目となっています。

 しかし琢磨選手が僕をスポッターに抜擢してくれた理由は、もう一つあります。それは僕自身もインディのレースを経験したことがあるからです。実際に走ったことがあるだけに、ドライバーとしての視点でいろんな情報提供もできるからです。

 周囲にいるクルマの位置情報を伝えるのは当然ですが、その伝え方にもいろいろとあります。たとえば、クルマがインサイド(内側)またはアウトサイド(外側)にいるということを伝えるのは当然ですが、クリアー(周囲にクルマがいなく車線変更をしてもOK)になった場合、レースの展開次第で「クリアー」という声のトーンを変えます。他車を追い越した場合、または追い越される場合でも、声のトーンやボキャブラリー(単語)をうまく使い分け、ドライバーのモチベーションと冷静さを保つこともスポッターの重要な役割です。

 ときには他車の走行ラインの情報を教えたり、レース後半戦には誰と組んだ方が勝率が高まるかなどの、作戦に繋がる情報も提供します。オーバルレースは単にグルグル回っているだけと思われがちですが、この様に非常に奥深いレースなのです。

 今回レースにスポッターとして勝つことができて、改めて実感したことが一つあります。それは近年コミュニケーションツールはe-mail、テキストやLINE等での文字情報になってしまっていましたが、実際に声や言葉(単語)を使い分けて情報を伝えると、しっかりと相手に言いたいことや気持ちが伝わるということです。コミュニケーションの方法はさまざまですが、やはりより多くの情報を提供し気持ちを一致させることで、信頼関係も高まり良い結果に繋がるのだと確信を持てました。

 そして今回最も印象的だったのは、レースが終わり数時間にも渡るメディアインタビューも一段落し、深夜前にようやくKohei君のフィジオのセッションが始まったときに、琢磨選手が言った「いや〜夢って本当に努力して、諦めずに強く願えば、叶うんもんだな〜」と述べた言葉が自分の心にささりました。

 何故なら自分はある日から、「目標は努力して達成するもの」だけど、「夢は描くもので叶うものではない」というマインドを持っていたからです。冷静に考えると、何処かのタイミングで自分の目標はインディ・ドライバーになるところまで描けていたけど、その先は無かった…。

 自分の夢が達成できている事は、それまでお世話になった皆様、そして迷惑をかけた人たちにも感謝をしなくてはいけないのだと、改めて実感するタイミングでした。そしてそれ以上にこれから未来を目指していく若者たちも、琢磨選手の「No Attack, No Chance!」のフィロソフィーで頑張って貰いたい!

 僕自身としては日本でのアメリカンモータースポーツの発展に、今後も力を注いでいきたいと思う。琢磨選手のインディ500優勝を機に、もっとアメリカでレースをしたいと思う日本人が出てきて欲しいと願います!

 スポッターとは常に裏方役ですが、残りのオーバルレースでも琢磨選手がシリーズチャンピオンになれるよう、これからも彼の影武者として次なる夢に向かって進んで行けることを楽しむしかない! 夢は追い続けるものだからね!!

ロジャー安川さんが教える! レース中に使う主なスポッター用語

.ぅ鵐汽ぅ鼻Inside) → 内側(オーバルの場合は左側)に他車がいること

▲▲Ε肇汽ぅ鼻Outside) → 外側(オーバルの場合は右側)に他車がいること

クリアー(Clear) → 他車を追い越した場合、又は他車に追い越された場合にドライバーに伝え、車線変更をしても周囲が安全である事を示す。レースの状況や展開によっては、「クリアー」と声のトーンやテンションを変えていくことも重要で、冷静であることが必要な際は至って普通に「クリアー」と言うが、少しリズムを上げた方がよい場合や勝負に出る時は、声のトーンとテンションを上げて「クリア〜!」と言う

ぅ好蝓璽錺ぅ鼻3 Wide) → 3台に並んでいる状況で、内側、真ん中、外側、に居る場合でもスリーワイドと伝え、車線変更は極めて厳しいことを意味する。因みに4台並んだ場合はフォーワイド、5台並んだ場合はファイヴワイドとなる

ゥ好蝓璽丱奪又はクリア・バイ・スリー(3 Back or Clear By 3) → 単純に後ろを走る車両との距離感を伝えている。車間距離が3台の場合はスリーバック又はクリア・バイ・スリー、5台の場合は5バック又はクリア・バイ・ファイヴという

Νイ慮紊縫ロージング・イン(Closing In) → 相手が接近している事を示す

Д殴奪謄ング・ア・ラン(Getting a run)→ ζ瑛佑任海了点ではすでにスリップストリーム及びドラフトに入られていること

┃イ慮紊縫廖璽螢鵐亜Ε▲ΕДぁPulling away) →相手を引き離していることを示す

イ慮紊縫痢次Ε廛譽奪轡磧(No Pressure) → 後部からの攻撃は一切ないので、前に集中して走ることを示す

イ慮紊縫ープ・ディギング(Keep Digging) → キープ・ディギングとは引き続き頑張ってと言う事を示すが、状況に応じて「プッシュし続けろ」という場合もあれば、「厳しいかもしれないけど粘って」というニュアンスも持つ

ウォッチ・ユアー・スピード(Watch your speed) → ピットレーン進入時や出口で、制限速度を気をつけるように指摘をすること

ハッスル・アウト(Hustle out) → ピットアウト時に、アウトラップでタイムロスをしないようにプッシュが必要だと指摘していること